ジュエリーの歴史の学び方のポイント- - - [04]

 

 

『考古学様式と歴史主義のジュエリーについて』

 

 

ジュエリーの歴史の本をペラペラとめっくっていると、

考古学様式と歴史主義という言葉が出てきます。

一般的には考古学における型式(分類単位)は、

出土した遺物の形態的な特徴から時代や変化を分析する手法であり、

歴史主義はあらゆる現象を

歴史的発展や過去の様式の模倣として捉える思想や芸術の立場を指す。

とあります。

ではジュエリーの場合はどうでしょうか。

私は個人的に、紀元前と紀元後で分類しています。

「考古学様式」を紀元前に特定しているのは

キリスト教以前のエトルリアや古代ギリシアを中心とした

GOLDによるジュエリーの技法や意匠の精度が高まった時代で、

この頃には現代にも勝るとも劣らない素晴らしいジュエリーができてきます。

その多くは古代遺跡を発掘することによって

私たちが目にすることができます。

考古学様式のジュエリーは19世紀になって

カステラーニを中心にリバイバルが流行し、一躍古代遺跡に注目が浴びます。

一方、キリスト教がヨーロッパに広まった

いわゆる中世のロマネスクからゴシックに至る

中世キリスト教美術の時代以降、

マニエリスム、バロック、ロココの時代までを「歴史主義」と分類しています。

また、ローマ帝国が東西に分裂し、

東のビザンツ帝国ではギリシア正教に

さらにロシアではロシア正教として広まっていきます。

西ローマ帝国では

ルネサンスが始まる14世紀中頃まで

キリスト教に関連した意匠の装身具が多いのが特徴です。

そしてルネサンス時代に入ると、

ジュエリーは身を飾るファッションとしての要素が主流を占めてきます。

恐らくこの分類には異論もあるかと思いますが、

私なりに整理すると意外に理解しやすいので

便宜的にこうした整理をしています。