宝石箱の片隅・悠々として急げ(2)=vol.0038
『シュルレアリスム[2]』
フランス文学者で評論家の巌谷國士によれば、
シュールと音引きするのは間違いという。
日本の作家でもシュールと音引きして表現している作家は何人かいる。
日本語の場合はシュルでもシュールでも
意味が通じれば良いのだという判断はあるだろう。
他人の書く文章に、とやかくいうつもりは毛頭ないのだが、
個人的にはシュールという表記は何か軽く感じてしまうので、
私は専らシュルレアリズムと表記するようにしている。
巌谷國士は日本のシュルレアリスム研究の第一人者であり、
何冊かの著書を拾い読みすると、確かに理論的には正しいような気がする。
気がするというのは単なる私の感想だから、
生意気な発言をお許しを頂くが、
アール・ヌーヴォーや世紀末芸術を引き継いで、
20世紀の初頭はそれまでの芸術的な表現が多様化した時代である。
キュビズム、フォービズムなどをはじめ、抽象芸術が一気に花を咲かせた。
勿論そこにいく過程には、何人かのアーティストたちが模索しており、
突然変異的に変わっていったのではない。
シュルレアリズムが他の芸術運動と違うのは、
人間の根底にある精神的な葛藤、変身願望などが混在しているように思う。
カフカの変身という小説が象徴的なのはそこを端的に捉えているからだ。
ジュエリーがアール・デコ全盛の時代にあって、
シュルレアリスムを取り入れられなかったのは何故なのか。
このテーマは興味深い。
