宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。
シリーズー5
(18)第78話《BLACK PEARL》
『あいつと黒蝶真珠のピン』
もう3年も付き合っているふたつ年上の彼女は、銀座の宝石店で経理をやっている。
あいつの勤めている店は、宝石店としては小さいが、
それなりの顧客がいて業績はまあまあのようだ。
オーナーはこの道20年のキャリアで、
以前勤めていた宝石チェーン店でしっかり顧客を掴んで独立する時に
チェーン店の経営者から引き止められたらしい。
オーナーはまだ若いが、ある事故で半身不随となり
現在は車椅子生活を余儀なくされている。
しかしビジネスセンスは抜群で、
しかも宝石とジュエリーに関する選択眼はかなり高度なスキルを持っている。
毎日の売上は現金とクレジットが半々で、
集計が合わないと銀行並みに残業させられる。
今日もデートの約束をして近くの喫茶店にいるが、1時間以上待ちぼうけだ。
いつもならL I N Eが入るのだが、
今日はこちらからL I N Eを送っても返信が来ない。
少しイライラして来た。
駄目ならダメで他に行くところもあるのだ。
そんな時に突然あいつが現れた。
走って来たようで息が上がっている。
『どうしたの』
『ごめんなさい、まだ時間がかかるから今日はなしにしよう』
それだけ言うとさっさと戻って行った。
『・・・・』
僕はレジで精算すると並木通りを新橋の方に歩き始めた。
7丁目に馴染みのBARがあるので、
取り敢えずそこに落ち着いて、これからどうするか考えよう。
重い木のドアを押して中に入ると、
マスターが「いらっしゃい、久し振りですね」と声をかけてきた。
一本の丸太からできている長いカウンターの隅に腰をかけると、
マスターが黙ってオールドパーのボトルとグラス、そしてチェイサーを置いた。
僕はいつもウィスキーと水を半々で割る。
オンザロックは昔から嫌いで、氷の冷たさはウィスキーの味が半減するからという、
一人合点の理由からなのだ。
他に客がいなかったせいもありマスターと雑談を交わしていると、
女性が入ってきた。
「今晩は、初めてなんだけど宜しいかしら」
「大丈夫です、当店は初めての方大歓迎です」
といつもの癖でマスターがその女性に愛想笑いを返した。
その時私のスマホが点灯した。
あいつからのL I N Eで仕事が終わったから何処かで逢いたいと。
僕は直ぐに場所をL I N Eで送った。
暫くするとあいつがドアを開けて入ってきた。
「ごめん、ちょっとトラブルがあってこれお詫びよ」
といって黒蝶真珠のピンを差し出した。
「前から欲しいって言っていたでしょ」
こんな気の使い方する彼女がどうしても嫌いになれない。
