宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。
シリーズー4
第65話
《レッドベリル/beryl》
『動機』
仕事柄、事件が起きると1ヶ月くらいは家に帰らない。
昔と違って科学捜査が主体になっても、
刑事魂というやつはそんなに簡単に割り切れるものではない。
先輩の刑事にそう叩き込まれた俺は、靴底をすり減らしながら今日も犯人を追っていた。今度のヤマは、強盗殺人事件。
3日前に起きた。犯人は判っている。今頃必死に逃げ回っている。
どこに隠れても逃がすものか。
俺はやつの潜伏先を片っ端から洗っていった。
しかしすぐに片付くと思っていたヤマは、
上手に捜査の網の目をかいくぐって、容易にしっぽを掴ませなかった。
捜査陣に焦りが見え始めた。
上司からは怒号が飛び、現場を預かる我々は返す言葉がなかった。
何故だ、何故捕まらない。
何処に隠れてしまったのか。
もしかしたら自殺したかも知れない。
それで容易に浮かんでこないのだ。
犯人には愛人がいた。
彼女を徹底的にマークしたけれど、彼女の周辺に立ち寄った形跡はない。
奪ったものの中にはかなりの数の宝石類があった。
被害者は青山でジュエリーブティクを経営し、
自宅にも相当数の宝石をおいてあったと、社員の証言もある。
しかし日本では容易に換金できないから、持っていても役に立たない。
逃走資金はそろそろ底をついている筈だ。
4日目の朝になって事態が急変した。
犯人とおぼしき水死体が横浜埠頭に上がったというのだ。
すぐに現場に急行した。
既に野次馬が詰めかけている中をかき分けて、俺は水死体と面会した。
水を飲んでいるせいか身体が膨らんでしまって、顔が見分けられない。
しかし所持品の中から宝石類が見つからないという報告が来た。
持っていたのはたった一つ、赤系の石だけだと云うのだ。
これから鑑識にまわせばすぐに何の石か割れる。
もう時間の問題だ。
これで一件落着か。
でも、どうして彼女を殺して宝石を持って逃げたのか、動機が今ひとつはっきりしなかった。
私は重い足を引きずって家路を急いだ。
あまり家に帰らないと、今度こそ妻から愛想を尽かされそうだ。
“亭主元気で外がいい”なんていうのは例え話であって、本当はいろんな意味で亭主のことが心配なのだ。
結婚して30年、これでも恋愛結婚だ。
子供はいない。
婚約中に何度妻との約束をすっぽかしただろうか。
それでも妻は泣き言も言わずついて来てくれた。
確か30年婚は真珠だったけれど、妻は「レッドベリル」という珍しい石が欲しいという。私にはサッパリだが友人の宝石商に頼んでいる。やっと妻との約束が果たせる。
