宝石たちの1000物語[番外編]

深夜12時開店のBAR

 

 

フツーの何気ない日常の会話から奥深いジュエリーや宝石の世界に踏み込んでいく。男と女、女と女、そして男と男。舞台は新大久保の裏ぶれた片隅にある一軒の酒場。客が10人も入れば一杯になってしまう小さな酒場。深夜零時きっかりに開店し客がいれば何時までも付き合い、客が帰れば閉店する。そんな店にようこそ、いらっしゃい。今宵もまた・・・・。

 

第28話

[ダイヤモンド]

 

京子は半年前に大手アクセサリー店を辞めた。

辞めた原因は上司からのセクハラである。

妻子がいるにも関わらず京子に言い寄ってきたのを撥ねつけていたら、

後輩を店長にして京子を事務に廻したのだ。

そのことで口論となり、

売り言葉に買い言葉「そんな無茶を言うなら辞めます」。

挙げ句の果てに上司の顔を殴ってしまった。

上司は唇を歪めながらほくそ笑んだ。

いつもの店の重い扉を押すとマスターが

「おやいらっしゃい、今日はやけに早いね」と声をかけてきた。

マスターの顔を見た途端涙がほおを伝って流れた。

自分の人を見る目がなく軽率な恋愛ごっこをした結果が悔しかったのだ。

自分がどうしようもなく情けなかった。

「マスター私お店をクビになっちゃった」

「おやおや穏やかじゃないね」

「上司と喧嘩して顔を殴ってしまったの。明日から職探しをしなくちゃ。

当分は失業手当で凌ぐしかないわ」

その後半年間京子は一度も店に顔を出すことはなかった。

マスターのスマホのコール音が鳴ったのは

客も一段落して店を閉めようとしていた矢先だった。

「マスター、私、京子よ」

「おや京子ちゃん、久しぶりだね。どうしたこんな時間に」

「あれからいろいろあってね。それでマスターにお願いがあって電話したのよ」

「・・・」

「明日、と行っても今日だけどお店が開く前に少し時間を取って欲しいんだけど」

「そりゃあ構わないよ。お店で良かったらおいでよ。それともどこか他に」

「ううんっお店に伺うわ。10時頃でもいいですか」

「判った」

マスターがひとしきりその日の仕込みをしていると

京子が重い扉を押して入ってきた。

「今晩はマスター」

「よお!!いらっしゃい。何か飲むかい」

「今日は止めとくわ。それよりもマスター、私今度結婚することになったの」

「おやっそれはおめでとう」

何気なく京子の指に目をやるとダイヤモンドの婚約指輪が目に止まった。

「ハローワークに行っていろいろ相談していたらその担当者に見初められたの。

最初は同情してくれているって思っていたわ、

それから彼が一生懸命に職を探してくれて」

「ビールでも飲むかい」

「ありがとう。それでマスター、彼に一度会って欲しいの。

私まだ彼に対して自信がないのよ」

「それは構わないけれど。決めるのは京子ちゃんだからね。

結婚って理屈じゃないんだ。それにお互いの気持ちってのは、

歳とともに変わったりするからね」

マスターの経験談を話しても始まらないのだが、

マスターの一番弱いところなのだ。