宝石箱の片隅・毒蛇は急がない(2)=vol.0019
知っているようで知らないジュエリーの事
『魚子[ななこ]という技法ご存じですか』
この画像はミキモトの創世記に作られた帯留め兼用のブローチです。
1908〜1912年頃のようです。
地金は15金の台座の上にプラチナを貼り合わせています。
このような仕様は19世紀の銀と金の時代から続いています。
日本にジュエリーが輸入されてからまだ日が浅く
和洋兼用の装身具が多く作られました。
顧客は横浜や築地に駐留している外国人、
新橋や木挽町新富町などお座敷に集う旦那衆でした。
そういった顧客を相手に最高の装身具を提供すべく
短期間で習得していったのです。
◎
このジュエリーはいくつかの技法が見られます。
センターの真珠はアコヤの半径真珠。
花びらの弁はシードパール。
外枠と花びらの周囲はミルグレイン。
そして花びらの丸い突起は「魚子[ななこ]」と言われる技法です。
これを見ると装身具の技法をかなり習熟したベテランの方でも
ミルグレインと間違える場合があります。
もちろんジュエリーの学校でも教えてくれません。
この技法は刀装具からきています。
明治になって廃刀令が発布されると
多くの刀装具に従事していた職人は者は路頭に迷います。
御木本はいち早くそういった人たちに目をつけ
装身具工場に引き入れるのです。
しかし魚子を表現するには和彫の工具なので
洋彫が全盛になってくると、この技法は長くは続きませんでした。
でも和彫り独特の味わいがあると思いませんか。
