宝石たちの1000物語[番外編]

深夜12時開店のBAR

 

 

フツーの何気ない日常の会話から奥深いジュエリーや宝石の世界に踏み込んでいく。男と女、女と女、そして男と男。舞台は新大久保の裏ぶれた片隅にある一軒の酒場。客が10人も入れば一杯になってしまう小さな酒場。深夜零時きっかりに開店し客がいれば何時までも付き合い、客が帰れば閉店する。そんな店にようこそ、いらっしゃい。今宵もまた・・・・。

 

 

第23話

[ダイヤモンド]

 

 

人生の折り返し点に来てしまった。

大学を卒業して、何となく就職して、特に気持ちのざわめく事もなく、

かといってそれなりに結構楽しく過ぎてきたこの20年。

いまの会社もそろそろ潮時で、これから第二の人生を考えなくてはならない。

私には一つの計画があった。

それを実行に移すには、パートナーが欲しい。

でも私の夢を共有化できる人は、いまのところいない。

いつもの通りの生活パターンで、

家に戻る前に行きつけのBARのドアを押した。

「やぁっどうも」

マスターの微笑む顔があった。

「今晩はいらっしゃい」

いつもの席に座ると、それもいつものようにマスターが黙って

ペルノのグラスを私の前においた。

私はこの氷に白濁された、ペルノの香りが好きなのだ。

アニス系の独特の匂いがある。

以前にパリに行った時に、友人から勧められて食前酒で飲んだ。

このお酒はかなりアルコール度が強く、

私は酔ってしまって食事どころではなかったのだが、

妙に印象に残り、その後はすっかり好きになってしまった。

いまでもペルノがなくなると、日本橋の明治屋にいって買うほどだ。

ペルノをゆっくりと時間をかけて飲んでいると、

お腹が適度に減ってくる。

今夜は帰って家で何を作ろうか。

野菜ケースには白菜と人参とセロリがある。

 

トマトもあるからいつもの野菜スープを作ろうかな、

などと一人であれこれ思いを巡らせていた。

その時重い木の扉を押して一人の客が入ってきた。

「いらっしゃい」

マスターが声をかけたのだがその男は黙ってストールに腰をかけた。

それからぼそっと「ビールを」と発した。

「かしこまりました」

この店のビールの注ぎかたはいたって正統派だ。

長めのタンブラーにビールを注ぐ。

暫く放っておく。

やがて泡が消える頃にまた注ぐ。

それを3回続ける。

その客はじっとマスターの仕草を見ていた。

「貴方とは以前会った事がある」

「・・」

「覚えていませんか。昔一緒に・・」

明らかにマスターはうろたえていた。

こんな動揺を見せるマスターは始めてだ。

「私は貴方を存じ上げませんが」

「そうですかそれなら結構。そのうち思いだすでしょう。また来ますよご馳走さま」

テーブルの上には1万円札が行き場を無くしていた。

「・・」

「悪いが今日は店仕舞いにするから帰ってくれ」

私は何も言わずその店を出た。

今夜はマスターの過去が何となく伺い知れたけれど、

それは言わずもがな、というやつだ。

私の薬指に嵌めたエメラルドカットのダイヤの指輪が妖しく煌めいた。