宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。
シリーズ−2
第57話《キャッツアイ/》
『貴婦人』
その猫は恐らく雑種なのかも知れないが、白というよりも銀に近い毛並みが眩しかった。
僕たちはその猫を「貴婦人」と呼んでいた。
顔立ちは勿論上品。歩く姿も何となく気品に満ちて、ゆっくりと優雅に歩く。
メス猫のせいか外には一歩も出ようとしない。
飼い主でもない僕が、時々貴婦人の近くにいっても逃げないから不思議だ。
この猫にじっと見られる時がある。
僕がベランダから周りの景色を何気なく見回していると、向かいの家の濡れ縁からじっとこちらを見るのだ。
距離は約10メートル。何か僕のすべてを見透かしたように。
貴婦人の目は宝石のキャッツアイのように、どこまでも深い飴色をして奇麗だった。
銀の体毛と見事にマッチしていて、物腰の優雅さは例え用がないくらいだ。
僕は猫が好きで自分の家にも3匹飼っているが、とても彼女には適わない。
雑種のくせにレベルが違うのだ。
ある日から突然貴婦人は姿を見せなくなった。
後で聞いたところによると、貴婦人はかなり高齢で、1週間前に亡くなったという。
ネコは人知れず死ぬというけれど、
貴婦人もいつの間にか押し入れの片隅にいって死んでいたそうだ。
人間もそうだが、宝石やジュエリーの中には、ある程度年齢がいっている人がつけると、とても素晴らしく輝くものがあるのだと思う。
昔、ある展示会で、老夫人が「私の指はしわくちゃだから、指輪なんて似合わない」といっていたが、そんな事はない。
指輪をつける事で、お互いが引き立て合うものがあるようだ。
美しく年輪を刻んだ指だからしっくりと指になじむのである。
内田百閒の小説に「ノラや」という老教授夫婦とネコを主人公にした小説がある。
内田百閒は夏目漱石の門下生で、「我が輩はネコである」に刺激を受け、
「ノラや」と云う小説を書いたのだろう。
ノラはある日老夫婦の前から姿を消してしまう。
でもいつか戻ってくると信じて、いつまでも餌箱とトイレはそのままにして過ごすが、
ノラのいた生活は老夫婦にとってかけがえのないものだったのだ。
周囲の人たちは老夫婦が落ち込んでいくさまを見ていられなく、
なんとかして元気を取り戻させようと努力するのである。
僕は漱石のネコよりも百閒のネコの方が好きだ。
漱石のネコは人間と同じ視点でみているが、僕の飼っているネコたちはいつも僕の側にいてくれる。
3匹とも貴婦人の優雅さには遠く及ばないが、
時々見せる彼らのキャッツアイの輝きは、親しげにそして優しく僕を見つめていてくれる。
