宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。
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シリーズ−2
第51話《グリーントルマリン/green tourmaline》
『夢』
俺は独りで、ある田舎の駅に降り立った。
人影は殆どなく、駅員も見当たらない。
こんなところで泊まるところはあるのだろうか。
もう日はすっかり落ちて、
町並みとはほど遠い通りの家々は扉が閉まっている。
前方に明かりが見えたのでそちらに向かって歩を進めた。
食堂、とあっさりした文字が書いてある扉を開いて中に入った。
「いらっしゃい」と女性の声が。
厨房から出て来た女性はまるで掃き溜めに鶴だった。
もう一度「いらしゃい」と声がした。
私は突然のことのように声が出なかった。
「お食事ですか」
「いや、なに、その」
こんな片田舎に、なんでこのような美人がいるのか。
私の頭は混乱していた。
「取り敢えずビールを。それから何かみつくろってください」
「はい判りました、ちょっとお待ち下さい。少し時間がかかりますが良いですか」
「あのぅ、この辺に旅館はありませんか。今夜一晩泊まりたいんですが」
「お客さん、こちらには何か用事があって来たんですか」
「まあそんなところだ」
「だったらあらかじめ探してから来るんでしたね。この辺は旅館はないんですよ」
「ああそうですか」
「もっともここから20キロ東に行けば駅前にホテルがありますが」
「そこまでタクシーはありますか」
「ここはタクシーもありません」
「もし良かったら私がそこまで送りますよ。どうせ帰り道で方向が一緒だから」
「有難う、車代は払いますから」
「良いんですよ、それよりもう客は来ないからごゆっくり」
私は安心したせいか、ビールの酔いにいつの間にかうたた寝をしてしまった。
気がつくとベッドの上に横たわっていた。
時間にして2時間くらいだろうか。
あれから食堂を出てここまで来たのか。
全然記憶にないのだ。
私は慌ててバッグとスーツの内ポケットを探った。
財布の中には現金があったし、
バッグの中も何一つなくなってはいなかった。
フロントに降りて、チェックインした様子を聞いた。
女性が全て払っていったというのだ。
その人のことを聞くと初めての顔で名前も住所も知らないという。
不思議な事もあるものだ。
私は彼女に会いたいと思った。
駅前でレンタカーを借りて、
昨日のところにいったが、食堂は消え失せていた。
周囲の人に聞いたが、そんな店は知らないという。
私は頭が混乱して来た。
ふとポケットに手をやると何かが指に触れた。
ポケットからでてきたものは、大粒のグリーントルマリンだった。
そして1枚の紙切れが。
そこには、またどこかでお会いしましょう、と。
俺は夢だと思った。
