宝石たちの1000物語[番外編]

深夜12時開店のBAR

 

 

フツーの何気ない日常の会話から奥深いジュエリーや宝石の世界に踏み込んでいく。男と女、女と女、そして男と男。舞台は新大久保の裏ぶれた片隅にある一軒の酒場。客が10人も入れば一杯になってしまう小さな酒場。深夜零時きっかりに開店し客がいれば何時までも付き合い、客が帰れば閉店する。そんな店にようこそ、いらっしゃい。今宵もまた・・・・。

 

第11話

[パライバトルマリン]

 

「愛だけでは生きていけないのよね。経済的な基盤がなきゃどうやって生活していくのよ」「どうしたんだい、今日はやけにエキサイトしているじゃないか」

「私に言い寄ってきた男がいるのよ」

「それはお目出度う」

「マスター、それがちっとも良くないの」

「生活力が全くないのに愛に生きようなんて、気持ちの悪い台詞を堂々と吐くの。向こう脛を思い切り蹴ってやったわ」

彼女は離婚歴あり。

現在10歳の男の子を女手一つで育てている。

仕事は保険の外交員。

勿論歩合制だからその月によって収入が変わる不安定な生活だ。

先が見えない事と、子供の養育費が年々増えてくるので悩みが尽きない。

しかし今更再婚するのも気が進まず、こうやって時々この店にきて憂さを晴らすという訳だ。

幸い男の子なのであまり手がかからなくなってきた。

とは言っても10歳にもなればある程度のことが理解できる年頃だから、いい加減なことは勿論出来ない。

かといって女盛りなのだ。

しかし強過ぎる性格なのだろうか。

こうしてダメな男が言いよってくるから始末が悪い。

「彼の仕事は何をやっているの」とマスターが間を取り持つ。

「それが売れないイラストレーターなの」

「イラストレーター?」

「私は其の道は全く判らないけれど、芸術家気取りで気難しいからクライアントに評判が悪いのよ。だんだん仕事が減ってきてそれを全部他人のせいにするのよ」

「でも彼の良いところもあるんだろう」

「まあね、でも生活力がないってところが一番のダメなところね」

こういった話題にはあまり踏み込まない方が懸命なのだが、生憎今晩は他に客はいない。仕方なしに相手をする事になってしまった。

「もう遅いから早くお帰りよ。坊やが待っているだろうに」

「大丈夫、あの子は私に似合わずしっかりしているの。そのうち自分が働いてお母さんを幸せにするから少し辛抱してくれ、なんて泣かせることを言うようになったわ」

「そりゃ頼もしい」

「マスターその歳になるまであと何年かかると思っているのよ」

何気なくグラスを掴んだ指にきらりと光るものがあったのをマスターは見逃さなかった。「その指輪は・・」

「ああっこれ、彼がくれたの。どうせ二束三文だろうけど、折角だから貰ってやったの」他人の事情は所詮他人しか判らない。

でも長年の経験から、結局は鞘に納まると思い始めた。

しかしあの指輪、間違いなくパライバトルマリンだ。

しかもあの大きさは、普通の人が買えるものではないのだが・・・。