宝石たちの1000物語/番外編

連作SHORT STORY

『ある宝石商の独白』

 

 

 

第5話

「宝石とオートクチュール」

 

 

ジュエリーとオートクチュールファッションの世界は、上流社会にいけばいくほど密接に繋がっているものでございます。

上得意さまを対象に一流ホテルの特別室などで開かれる、人数限定のオートクチュールの商談会などは、本当に一握りの富裕層が招かれます。

こういった会に招かれるということは、本人にとってはステイタスになるので、お客さまもいつ自分が招かれるか、首を長くして待っているというのが本音でございましょう。

このようなオートクチュールの商談会に、頻繁に宝石とジュエリーの出品協力を頼まれるのですが、何分金額がバカに出来ず、先方で移動保険を持って頂けるならまだしも、自己負担になったりすると、売れれば良いのですが、坊主の時などは食事も喉を通らない有様です。

しかし私が昵懇にしているオートクチュールの先生は、とても商売が上手で、場合によっては自分の洋服はそっちのけで、ジュエリーの販売に夢中になって頂くことがあります。

勿論、手数料はしっかり取りますから、先生にとっても損はないはずで、ここだけの話、むしろジュエリーや宝石のリベートの方が良い場合もあるようでございます。

先日もファッションデザイナーの三宅先生から、秋の新作オートクチュールの商談会にお声をかけて頂きました。

「シャチョー、三宅先生から来月の十五日に合計で三億円くらいのジュエリーを用意できるかといってきましたが」

「金額は兎も角ジュエリーの内容ですね。先生はなんとおっしゃっているのですか」

「それが秘書の話では要領を得ないんですが、五点セットのジュエリーを三セットとサファイア、エメラルド、ダイヤそれにアレキかキャッツアイを取り混ぜて二十点ほど云ってきていますよ」

「ああ、判りました。恐らく二年前の時と同じことをおっしゃっているのでしょう。了解しましたと返事しておいて下さい。近いうちに先生のアトリエに顔を出しますからその時に詳しい事を確認します」

「わかりました。そのように返事しておきます」

「ところで由希子さん。今日は何か用事がありますか」

「いえ特にはありません。家に真っ直ぐ帰っても詰まらないから、どこかでウインドショッピングして帰ろうかと」

「それなら丁度良かった。でも最近彼とのデートは?」

「ああっ、彼とは先週別れました。あんなケチな男はこちらから願い下げです」

「おやおや、それはただごとではありませんね」

「シャチョー聞いて下さい」

この話をすると際限がなくなりそうなので

「それなら二時間くらい私と付き合って下さい」と強引に話を遮りました。

「でもシャチョーから私を誘うなんて珍しいですね。さては奥様と喧嘩して家に帰りたくないとか」

「何をバカなことを言っているのですか。個客の鹿島さまのお宅に行かなければならないのですが、あの方は気難しいところがあるでしょう。あなたについてきてもらった方が矛先を変えられるのですよ」

「ああ、そうでしたね。鹿島さまのお宅に伺うのは今日でした」

「金庫から5カラットのサファイアと、3・5カラットのクリソベルキャッツアイ、それから4・5カラットのアレキを用意して下さいな」

「シャチョー今回はかなり大物のご要望ですね。この中のどれでもよいから売れたら今月は予算達成ですね」

「最近はホンモノ志向が薄れてきていますから、大きさはさることながら、品質の良いものはなかなか出まわってきませんからね」

「でもこの店の金庫にはどうしていつもビッグサイズの宝石が眠っているんですか」

「別に眠らせている訳ではないですよ。資金をやりくりして良いものを買っているだけです」

宝石はいつ売れるか判らないものでございます。

従いまして、小さい店では常時宝石在庫を持っていれば、それだけ金利がかさみますから、必要なときは同業者同士で融通し合い、まわしていくのでございます。

その分利益は少なくなりますが、在庫負担を考えると仕方のないことで、何から何まで持っているという訳には参りません。

今回の宝石も、実はある筋から期限付きで調達してきたもので、丁度良いタイミングで鹿島さまからご依頼があったという訳でございます。

勿論決まればリングかペンダントかネックレスになる訳で、そうすると当然加工賃が加算されます。

これだけの宝石ともなればどれに決まっても、何を作ろうともデザインや加工賃も含めて3000万円アップにはなりますから、どうしても決めたいところでございます。

外に出てタクシーを拾い、鹿島さまのお屋敷に行ったのでございます。

外門でブザーを鳴らし、家政婦に導かれて応接室に通されたのですが、そこでは何人かの方が既にいらっしゃって、それは賑やかな光景でございました。

確か娘さんでしたか、白いイヴニングドレスをお召しになり、それをオートクチュールの青木先生が弟子にあれこれ指図しておりました。

鹿島さまが私どもを見つけ、

「ああいらっしゃい、こちらにね」

といいながら私と由希子さんを別室に案内致しました。

「ご免なさい、今日は娘の婚約のための衣装合わせなのよ。それでお友達が数人来てくれて、この騒ぎ」

「そうですかそれはお目出度うございます」「でもウチの娘はフツーの結婚式は嫌だって言い出して、オトーさんと喧嘩。自分たちだけで結婚パーティを開けばそれで良いってきかないのよ。でも世間体があるでしょう。特にオトーさんは業界や学会での立場もありますから、そんな訳にはきませんわよ。なんとか娘を説得しなければならず、本当に困ってしまうわ」

「それはそれは大変でございますね。奥様の心中お察し申し上げます」

「アリガトウ。それよりも持ってきた宝石見せて下さらない」

「承知致しました。由希子さん早速ご覧に入れて下さい」

由希子さんがカバンから宝石を取り出し、トレイの上に並べると、鹿島さまは早速ルーペでチェックを始めました。

「ところで今度の三宅先生のオートクチュールショー、あなたのところのジュエリーと宝石も協力なさるの」

「ハイッ、先生からのご要望がありまして協力させて頂くことになっております」

「ああそうなの。でも今度の会には私は行かないわ」

「あら奥様にしては珍しいこともありますね。他に約束でも」

「それがね、この事は誰にもいわないで頂戴」

「承知致しました、他言無用ということで」

「最近三宅先生なんかちょっと変だと思わない」

「そうおっしゃられると、元気がないようにも感じますが」

「それなのよ。実はね、あのアトリエで一番可愛がっていた松島というデザイナーが、先生と喧嘩別れして、独立するのよ。それで独立するにあたって私に後見人になってくれって相談を受けたわ」

「そんなことがあったのでございますか。ちっとも知りませんでした」

こういったことはアパレルの世界では日常茶飯事のことでございます。

もしかすると鹿島さまはジュエリーや宝石の協力も頼まれたので、私をお呼びになったのかも知れません。

これには出来るだけ触れたくないのでございますが、人間関係が複雑に絡みあっている世界では、状況を冷静に判断してから動かないと、いつ足許をすくわれるか判りません。

「大体察してくれたと思うけれど、どう松島に協力してくれる」

「奥様、突然のことで直ぐにお返事は致しかねます。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「それはそうね。いいわ、一週間後に返事を頂戴。勿論イエスのね」

この奥様のご機嫌を損ねると、今回の商談もなくなるかも知れませんから、含みをもたせてご返事させて頂きました。

なんとか3・5カラットのクリソベリルキャッツイアで指輪をお造りになることで商談は上手くいきました。

「シャチョー、なんとか決まって良かったですね。でもあの話はどうするんですか。三宅先生も一筋縄ではいかないですから大変ですよ」

「それなんですよ。困りました。こちらを立てればあちらに不義理をすることになりますからね」

それから五日ほど後のことでございます。

突然鹿島さまから松島のことは忘れてくれ、と云う電話が入ったのでございます。

ホット胸をなで下ろしたのでございますが、とかくオートクチュールの世界は魑魅魍魎の世界でございます。

あまり近づかないのにこしたことはございませんが、商売をやっている以上はうまく綱渡りをしないことには息がつけない、本当に難しい世の中ではございます。

しかし、突然のキャンセルは一体どう言うことなのか。

それが判ったのはさらに五日後のことでございました。

三宅先生がこともあろうに、松島を契約不履行で裁判所に訴えたのでございます。

これはとかく長引くと思っていたのですが、以外とあっさりと解決致しました。

松島の示談提案を三宅先生が一億円で受け入れた、と言う情報が入って参りました。

これでまた私のところに何らかの宝石とジュエリーの注文が入ってくることは確かなことでございます。

「シャチョー、何をニヤケているんですか」

「いやなに、もしかしたら由希子さんにボーナスを弾むかも知れませんよ」

「何か良く知りませんが、私にとってはとても嬉しいことです。これで海外旅行の足しにできます」