宝石たちの1000物語

人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。

 

 

 

シリーズー2

第40話《ダイヤモンド/diamond》  

『慕情』

香港はアジアで一番活気に満ちあふれた街だ。

ビジネスにおいても世界中からバイヤーがやって来て年毎に膨らんでいく。

私は年に3回、仕事で2週間ほど滞在する。

ある日仕事の帰りに、いつもの行きつけの九龍の中華料理店で食事をしていると、連れの知り合いに声をかけて来た清楚な美人がいた。

それが彼女を知った切っ掛けだった。

男と女が知り合うのに何も劇的な事は必要ない。

こんな普通の出会いもあるのだ。

それ以来私と彼女は年に3回のデートをするようになった。

彼女は聡明で、しかも清々しさがある。

年齢は37歳と云った。

この歳まで独身。

ワンチャイの図書館で働いている。

これ程の女性が浮いた話がなかったというのは不思議だが、それは私だけが思っていた事なのかも知れない。

彼女は日本の大学で4年間日本語の勉強をしていたので、日本人よりも流暢な日本語を話す。

もともと日本語が好きだったようだ。

私は香港やマカオの歴史を趣味で調べていたので、香港に来ると、週末の土日はきまって図書館に出かけた。

2人が親しくなればなるほど、結婚したいと思うようになった。

でも突然別れはやって来た。

私がロンドンに赴任する事になったからだ。

私は彼女にプロポーズして、一緒にロンドンに行こうと云った。

しかし彼女の答えはノーだった。

私はその理由を知りたいと思った。

でも彼女の口からは最後まで理由を聞く事は出来なかった。

最後の夜、九龍のレストランで食事をして、その後ホテルのバーで飲んだ。

私はしたたかに酔った。

彼女はいつも冷静で、この夜も同じだった。

結局心残りを引き摺って私はロンドンに赴任した。

2年して日本に出張の途中香港に立ち寄る用事が出来た。

彼女と別れてから何となく疎遠になっていたのだが、私は思い切って彼女がいる図書館に、突然顔を出した。

その時の彼女の驚いた表情と、それに続き顔一杯に涙が溢れ出し、周りも憚らず私に抱きついて来た彼女を一生忘れない。

でも彼女の薬指には指輪が収まっていた。

2年間に何があったか、それは聞くまい。

でも彼女は決して幸せではなかった。

それが証拠にはその夜私と一緒にホテルで過ごしたからだ。

相変わらず自分の事は何一つ語らなかった。

私は彼女に一粒の宝石をプレゼントした。

ごくありふれたダイヤモンドだ。

私の中では最初に会ったあの清々しいダイヤのイメージが何時までも離れない。

澄み切った透明感が彼女にある。

それは何物にも代え難い私の宝物でもある。

 

1週間お休みを頂きます。第41話〜第50話は6月5日〜8月7日掲載の予定です。

毎週日曜日にお届けしますので、ご愛読頂けましたら幸いです。