男と女がいる限り運命的な出会いがあり、いくつかの恋愛が生まれます。それはまるで万華鏡のように一つとして同じには見えない不思議な物語でもあるのです。宝石が絡んだ1000の物語、今宵はどんなストーリが生まれるのでしょう。


宝石たちの1000物語・シリーズ[2]

ピッタリ1000字に収めたSHORT STORY



『妻よ・第3話[ tanzanite ]』





愛する人を失ったあとの虚脱感は誰にも解らない。
結婚して40年、長くもあり短くもあった。
私は妻をいつも「おいっ」と呼んでいた。
妻は私のことを「あなた」と云っていた。
ただそれだけのことなのだが、私と妻の間には充分な意思疎通があったと思っている。
愛している、なんて言葉は恥ずかしくて口に出せなかった。
妻が息を引き取るとき、一言愛しているという言葉を聞きたいと呟いた。
私は勇気を振り絞って“アイシテイルヨ”と妻の耳元でささやいた。
妻は安心したように微笑みをうかべて、安らかな眠りについた。
あれから1年。
現在も虚脱感は抜けない。
子供たちが心配して、一緒に住もうと云ってくれるが、私は今更環境の違う子供たちと一緒に住みたいとは思わない。
却って迷惑をかけることになるからだ。
自分が動けるうちは、自分で頑張ってやっていこうと思う。
でも妻を失って改めて、いかに妻を愛していたか。
時々妻と過ごした生活の細やかなことが頭をよぎるのだ。
いまとなっては苦しいことなど殆どなく、全てが楽しいこと、幸せだったことの想い出だ,けになっている。
でもこの幸せは妻がいてこそのもので、この寂寥感は遺憾ともしがたい。
そう云えば、妻に一度だけプレゼントした事があった。
婚約指輪もまともにあげていなかったのに、それは確か結婚して20年目のことだった。
私はその日が結婚記念日だったなんてすっかり忘れて、仕事に追われていた。
夕方娘から電話があり、「パパ今日何の日か知っているの」と云ってきた。
「薮から棒になんだい」
「結婚記念日よ、パパたちの。だから今日は早く帰ってあげて」
私たちの結婚記念日は娘の誕生日の前日にあたる。
妻に似ず口やかましい娘は、いつも私たちのことに首を突っ込んでくるのだ。
私はふと思い出して化粧台の奥にかしこまっている小さな箱を取り出した。
一年前、出張先のバンコクで、友人に勧められて宝石を買わされた。
それがどれほどの価値があるか知らないが、いつか妻にプレゼントしようと思っていたのだ。
これをみたら妻はビックリして笑い出すだろうな。
結婚以来一度もプレゼントなんてしたことがないのだから仕方がない。
案の定妻は笑って、それでもそれを受け取ってくれた。
タンザナイトなんて、どれほどの価値があるか知らないが、妻はそれをとても大事にしていてくれたのだ。
そのことは娘からも聞いて知っていた。
あらためてタンザナイトみていたらそれが微笑んでいるように見えた。