『ちょっとノスタルジックな気分で』



ますぶちStyle・パイプの煙/悠々として急げ[vol.99]



付き合いというものはすべからく少し距離を置いていたほうが、物事やその人となりがきちんと見えたりします。
一時の感情で急激に接近したりすると、時には思いがけなく足元をすくわれたりしますね。
それまで信頼していた人が些細な事から人が変わってしまうように感じるのも、相手ばかりではなく自分にもどこか落ち度があったりするものです。


1970年代、日本の広告業界はアメリカナイズされた思想が導入され、マスマーケティングが折りからの高度成長の成熟とともに大きな成長路線を歩み始めた時でした。
私は丁度大阪万博が開催された年に社会人になったのですが、グラフィックデザイン界は成長産業の一翼を担っていたと思います。
最近何かと話題に上っている、永井一正や浅葉克己などは憧れの存在でした。
でもデザイナーよりもカメラマンの方が遥かに収入が多く、写真をもっとやっておけば良かったと少し後悔した事を覚えています。
銀座、六本木、広尾など明け方まで飲んだくれていたものでした。
規模は小さくてもネームバリューは銀座の一流企業の一つでもありましたから、そりゃいい気分でした。
広告の仕事はカメラマンやコピーライター、モデル、自分以外のスタッフは一流と付き合う。
そしてそれによって自分が太る事だけを考えて仕事をしていたのでした。
自分の世界で仕事をするのは芸術家であり、広告の仕事は兎に角人脈を築く事だというのは、だれからも教えて貰ったわけではなく、自然に修得した事です。
そのかわり家庭の事は殆ど顧みる事はありませんでした。
幸い子供達もまともに育ってくれたので、これは偏(ひとえ)に妻に感謝するしかないのです。


そうやって会社には22年間働かせて貰いました。
そして独立してから23年が経過しました。
今思い起こせばあっという間の45年間でした。
仕事では良いスタッフに巡り会え、自分としてできる限りの事をやった達成感はありますが、仕事を離れてみると、その頃付き合った人たちとは、現在は全く交際していない事に気がつきます。
振り返ってみると、誰一人として何十年という年月で深い付き合い方はしていません。
というよりもできなかった、といった方が正しいでしょう。
勿論そういった付き合いをしてきた自分に後悔はしていません。
私は自分であまり意識していないのですが、人から見ると「個人主義」なんだろうなと思ったりします。