『数奇な運命をたどる王室の宝飾品について(2)』



ますぶちStyle/宝石箱の片隅




Understanding Jewellery=28・



「ジュエリーの歴史を学ぼう/帝政様式」




帝政様式はエンパイア様式(英語)ともアンピール様式(仏語)とも云われる。


ジュエリーとは関連が深いので覚えておいた方が良い。



ナポレオン1世の第一帝政時代(1804~1814)に作られた
建築、家具などの装飾芸術全般をさす。



勿論ナポレオンの妻ジョセフィーヌが好んで作ったジュエリーも
帝政様式と言われる。



ジョセフィーヌはナポレオン3世の妻ウージェニーとともに
ジュエリー大好き女性であり、
ルイ16世の妻マリー・アントワネットに憧れていた。





そもそも現代に至る正統派のジュエリーである
ハイジュエリーやファインジュエリーは
ロココから古典主義、新古典主義、
そしてネオロココという時代を経てきている。



現在のジュエリーとウォッチのブランドの多くは
この時代に王侯貴族と結びついたことによって発展してきた。



その代表的人物がナポレオンとジョセフィーヌである。



ナポレオンは古代ギリシア、ローマに傾倒しエジプト遠征を行い、
かの有名なロゼッタストーンを発見している。



また19世紀から20世紀にかけて都合3回エジプト趣味が流行し、
これをエジプシアンリバイバルと言うが、
火付け役はナポレオン1世と言っても差し支えないだろう。



またジョセフィーヌはフランス革命により散逸した、
ルイ王朝の膨大な宝石、ジュエリーを回収し、
その中でこれはと思うジュエリーを改作している。


現在で云うリ・フォーム、リ・メ―クは実はこの時代に
盛んに行われていたのだ。



ナポレオンが失脚した1815年以降も宝石類は散逸し、
これらを回収したのはナポレオン1世の甥のナポレオン3世である。



帝政様式のジュエリーはパリューレと呼ばれ、
現在のセットジュエリーのことを指すが、
セットジュエリーと呼ばずにパリューレ、或はパルーレと
呼んで欲しいところだ。



現在フランス各地の美術館、
特にルーブル美術館(昔はルーブル宮と言った)には
ナポレオン3世とウージェニーゆかりの部屋があり、
多くのジュエリーや宝石が買い戻され収蔵されている。