人は
何故美しいものに
魅かれ感動するのだろうか

これは
永遠のテーマであり、
結論が出ないことなのかも知れない。

人によって
美の基準は違うし、
感動する対象も異なる。

だとすれば、
この世の中の全てが美の対象に
なり得る。

室町時代の千利休は
竹を斜めに切っただけの
一輪挿しに
究極の美を求めた。

秀吉は
黄金の茶室こそが
全ての人が認める美であると
豪語した。


ジュエリーの世界においても
何億円もする
サファイアのネックレスこそが
美の極致であるとする人と、
道端に転がっている
何の変哲もない石ころに
万物の美を見つける人もいるだろう。

かように
美に対する価値観は千差万別である。

美とはそれで良いのかも知れない。

自分が美しいと感じる心こそ
美しいのだ。

そこには
何人も入り込むことができない、
完成された美が確かに
存在する。

大切なことは
自分がそれを美の対象として
愛でることができる精神を
身につけることだろう。

感性は
持って生まれた才能ではなく、
生きとし生ける過程で
自らが感じ取るものなのだ。