OBJECTION
『バブルを知らない世代に、老人の世迷い言』
マスコミなどでは
こぞって株が上がり、円が安くなり、
大企業の業績がアップしてきたと
囃し立てている。
しかし
私たち庶民にとって手放しで喜んではいられない。
下々にまで
実感として手応えを感じるには
もっと先の話だし、
ほんとうに景気が良くなって
生活が楽になってくるかというと、
それは大きな勘違いだろう。
私たちは喉元を過ぎると
直ぐに苦しいことを忘れてしまうという、
極めて楽天的な特質がある。
それを上手いこと利用するのが
政治家であり、一種の特権階級のモノどもである。
いつの世の中でも
常に一部の人たちだけが
上手い汁を吸ってきたことは
歴史が証明している。
1980年代に
宝飾品業界が右肩上がりで業績がアップし、
メーカーは何も考えずにモノを作り、
小売業は何も知らないでモノを売っていた。
そのツケが
1992年のバブル崩壊とともに
私たちの肩に重くのしかかり、
あっという間に20年が経過した。
親から負の遺産を受け継いだと云う喪失感を
多くの2代目3代目は持っているはずなのに、
最近の浮かれようは一体なんだと言いたい。
「いやいや俺たちは浮かれてばかりいる訳ではない、
しっかり現実を見てやっているよ」
とお叱りを受けそうだが、
そう云った人たちは確かにいるだろう。
それはそれで良い。
何も全部がダメだと云っている訳ではない。
しかし、
戦争しかり、原爆しかり、3・11しかりである。
体験したことのない人には
その痛みは判らないし、
時間が経てば風化してしまう。
そうやって人間は何万年も生き延びてきた。
いつも苦しいことばかりではなく
楽しいこともあったし、
その楽しいことを考えるからこそ
「今」があるのだろう。
しかしながら
宝飾品業界に限って云えば、
1980年代のバブルはもう二度とやって来ない。
それに少しでも近づくために、
私たちは
何を反省しどうしなければならないか。
多くの人たちに
ジュエリーがあることで、
美しく輝く毎日を
どのように提案していけば良いのか。
業界に携わる一人一人が
考えなければいけない命題ではある。
「ジュエリーとは何か、何が出来るか」を、
である。
『バブルを知らない世代に、老人の世迷い言』
マスコミなどでは
こぞって株が上がり、円が安くなり、
大企業の業績がアップしてきたと
囃し立てている。
しかし
私たち庶民にとって手放しで喜んではいられない。
下々にまで
実感として手応えを感じるには
もっと先の話だし、
ほんとうに景気が良くなって
生活が楽になってくるかというと、
それは大きな勘違いだろう。
私たちは喉元を過ぎると
直ぐに苦しいことを忘れてしまうという、
極めて楽天的な特質がある。
それを上手いこと利用するのが
政治家であり、一種の特権階級のモノどもである。
いつの世の中でも
常に一部の人たちだけが
上手い汁を吸ってきたことは
歴史が証明している。
1980年代に
宝飾品業界が右肩上がりで業績がアップし、
メーカーは何も考えずにモノを作り、
小売業は何も知らないでモノを売っていた。
そのツケが
1992年のバブル崩壊とともに
私たちの肩に重くのしかかり、
あっという間に20年が経過した。
親から負の遺産を受け継いだと云う喪失感を
多くの2代目3代目は持っているはずなのに、
最近の浮かれようは一体なんだと言いたい。
「いやいや俺たちは浮かれてばかりいる訳ではない、
しっかり現実を見てやっているよ」
とお叱りを受けそうだが、
そう云った人たちは確かにいるだろう。
それはそれで良い。
何も全部がダメだと云っている訳ではない。
しかし、
戦争しかり、原爆しかり、3・11しかりである。
体験したことのない人には
その痛みは判らないし、
時間が経てば風化してしまう。
そうやって人間は何万年も生き延びてきた。
いつも苦しいことばかりではなく
楽しいこともあったし、
その楽しいことを考えるからこそ
「今」があるのだろう。
しかしながら
宝飾品業界に限って云えば、
1980年代のバブルはもう二度とやって来ない。
それに少しでも近づくために、
私たちは
何を反省しどうしなければならないか。
多くの人たちに
ジュエリーがあることで、
美しく輝く毎日を
どのように提案していけば良いのか。
業界に携わる一人一人が
考えなければいけない命題ではある。
「ジュエリーとは何か、何が出来るか」を、
である。