継続は力なり?
最近継続する事の難しさを実感している。
例えば
「ジュエリーの歴史は宝飾品従事者に取って大切だよ、
一緒に勉強しよう」
と誘い、相手はその気になるが、
気がつくといつの間にか私のもとを去ってしまう。
私に興味をなくしたのか、煩わしくなったのか。
それともジュエリーの歴史は無意味だと感じたのか。
確かに、いつ役に立つか判らない茫洋とした事に
時間と労力を費やすのは、よほど好きでないと続かないかも知れない。
どうしたら事の重要性や興味を持ってくれるかを
いつも模索しているけれど、なかなか答えが見つからない。
もしかしたら私の考え方が間違っているのではないか。
もしかしたら他に重要な事があるのではないか。
などと反省しきりの時がある。
一方で、いや決して方向性や考え方に間違いはない。
もっと自信を持てと、励ます自分がある。
あまりしつこいと人は離れて行くけれど
情熱を持って接しないと人は理解してくれない。
この辺のバランスが微妙で且つ難しい。
「方丈記」や「徒然草」などを紐解くと
そうした人間の葛藤や無常観、寂寞とした世間の有様などが
良く観察されている事に気づく。
時代はいつも変化しているけれど
人間の根っこの部分は、時代とは関係なく同じなんだ。
でも色々な意味で、やはりジュエリーの歴史を勉強する事は大事だ。
ヨーロッパの宝飾品を理解できなくて
私たちが扱うジュエリーを理解出来るとは思えない。
そのためにはジュエリーの歴史をしっかり身に付ける事しかない。
やはり地道にジュエリーの歴史を学ぶ事の大切さを叫ぶ事にしよう。
一人でも同じ考えの人がいればそれでいいじゃないか。
継続は力なり、だよね。