KODAKの倒産に思う
一概には論じられないが
KODAKと富士フィルムの違いは何だろうか。
私がクリエイティブに仕事に携わっていた
1970から1980年代、
今から20年以上前の事になるが
広告やカタログ、カレンダーなどを制作するのに
当然の事ながら写真の質が問われる。
一流のカメラマンと付き合いながら感じたのは
フィルムは絶対的にKODAKだった。
プロのカメラマンがFUJIを使おうものなら
一段と低く見られたものだった。
それがバブル崩壊の90年代に入る頃から
少しずつFUJIの存在がプロの間にも認知されてきた。
富士フィルムは時代の流れを敏感に感じ取り、
企業の体質改善を図ったのに比べて
KODAKUはフィルムの世界から抜け出す事は出来なかった。
企業が生き残るというのはいつの時代も厳しいものだが
これは何も企業に限った事ではないだろう。
個人事業主にしても同じ事が云える。
常に時代を敏感に感じ取り
何をすべきかを適切に捉え
その波に上手に乗っていくことが出来なければ
いつの間にか忘れられてしまう。
それは自分自身の生き方でもある。
そして自分にしか決められない事なのだ。
一概には論じられないが
KODAKと富士フィルムの違いは何だろうか。
私がクリエイティブに仕事に携わっていた
1970から1980年代、
今から20年以上前の事になるが
広告やカタログ、カレンダーなどを制作するのに
当然の事ながら写真の質が問われる。
一流のカメラマンと付き合いながら感じたのは
フィルムは絶対的にKODAKだった。
プロのカメラマンがFUJIを使おうものなら
一段と低く見られたものだった。
それがバブル崩壊の90年代に入る頃から
少しずつFUJIの存在がプロの間にも認知されてきた。
富士フィルムは時代の流れを敏感に感じ取り、
企業の体質改善を図ったのに比べて
KODAKUはフィルムの世界から抜け出す事は出来なかった。
企業が生き残るというのはいつの時代も厳しいものだが
これは何も企業に限った事ではないだろう。
個人事業主にしても同じ事が云える。
常に時代を敏感に感じ取り
何をすべきかを適切に捉え
その波に上手に乗っていくことが出来なければ
いつの間にか忘れられてしまう。
それは自分自身の生き方でもある。
そして自分にしか決められない事なのだ。