一路和歌山へ
昨日、今日と義理の両親のお墓がある和歌山に来ています。
東京から車で約8時間の道程は、義兄と交代で運転しました。
途中富士川で休憩し、浜名湖で昼食、東名から名神、そして阪和道路を経由しました。
また義母の妹さんと何十年振りの再会(私は初めてお会いしました)をして
結局和歌山駅前のホテルに着いたのは19時30分でした。
義母は今年の2月に亡くなり、その時も同じような行程で来たのですが
やはり和歌山は遠く、そしていささか疲れました。
やはり歳には勝てません。
今回の和歌山行きは思い切って、和歌山にある先祖代々の墓を東京に移すためです。
つい先日も、中野区にある墓をみに行って新しい墓を決めてきました。
最近色々と考えさせられるのは、特に日本人の宗教観についてです。
私を含めて、実生活の中で宗教については殆ど関心がなく過ごしています。
自分が何という宗派に属しているかなど、恥ずかしながら判りません。
浄土宗か浄土真宗なのか、いつも迷ってしまい、
その時は覚えても結局すぐに忘れてしまう。
家紋についても、今度のお墓に入れるのですが、正確に分かりません。
だんだんと自分の死について考えさせられる年代になってくると
このままで良いのかと思う事しきりです。
人間生まれると神社に行き、結婚式はキリスト教の教会で、
死ぬ時はお寺さんのご厄介になる。
これはごくごく一般的な私たちが宗教(と呼べるのかどうか)と拘る行事ではあります。
少なくとも2千年近くは、このような歴史感と云ったものが染み付いています。
一方、世界各地の紛争の殆どは、歴史的にみても民族紛争と宗教紛争です。
日本は単一民族と多神教であるが故に、紛争や侵略から逃れられてきた、といわれます。
四方を海に囲まれているからなのだ、ともいわれます。
しかしながら、縄文人と弥生人は民族的にみても明らかに違っており
かなりの混血によって現在の日本人の先祖が形作られてきたと思います。
話が飛躍しますが、
現在近隣諸国との領土問題で摩擦が起きています。
これに対しても日本は争いを避けて、判ったような事を云っていますが
このままでは、北方領土、尖閣諸島、竹島問題は
間違いなく日本の手から離れしまうでしょう。
いつから日本人は戦う事を辞めてしまったのか。
国際舞台で主張する事が出来なくなってしまったのかといえば
それは太平洋戦争に敗れてからと云えるかも知れません。
私の戦後生まれですから、本当の戦争というものを知らない世代です。
戦後、ビジネスの世界ではソニーや松下、本田などが世界を相手に戦い
日本発のブランドを確立してきました。
しかし、政治力の世界ではどうだったでしょうか。
世界が暗黙のうちに軽視している要因の一つには
国のトップである総理大臣がめまぐるしく変わる事にその要因があると思います。
しっかりと足が地に着いた交渉が出来ないのです。
いつものように落ちがなく、とりとめがなくなってきましたが
人間ダラダラと60年も生きてきて、
そろそろ死に仕度を考えながら日々生活をしていく段階に入ると
何か一つぐらいは集大成を考えなくては、と思ってしまう。
そんなことを考えさせられる、墓参となりました。