日本で金が使われだしたのはいつ頃か
先日業界の先輩からメールがありました。
私が日本の金について研究しているので、
彼なりの考えをご教示頂いたということです。
紀元後1~3世紀には日本列島に関して2つの金印がありました。
ひとつは57年に後漢の光武帝が
奴国に使者に授けたとされる「漢委奴国王」の金印、
もうひとつは239年に卑弥呼が魏の明帝から授けられたという
「親魏倭王」の金印です。
「漢委奴国王」の金印は
1784年に福岡県志賀島から発見されましたが、
真贋の件では未だに解決されていません。
また「親魏倭王」の金印については
その存在すら判っていません。
もしこれが発見されれば、大変な事になります。
この2つの金印は両方とも
中国もしくは朝鮮半島の金で作られたものでしょう。
やがて5世紀後半の埼玉、稲荷山古墳から鉄剣が出土しており、
この鉄剣には金で象嵌された文字が彫られています。
この鉄剣に記されている辛亥年は471年が定説ですが
一部に531年説もあってはっきりしません。
この金が果たして日本列島から採れたものか、
或は朝鮮半島から輸入されたものかは不明ですが、
私は恐らく朝鮮半島から輸入されたものではないかと思います。
また、5世紀後半頃に築かれたとされる、新沢千塚126号墳墓からは
おびただしい量の金の装身具が出土されていますが
これらの金製品は朝鮮半島で作られたものが
日本列島に持ち運ばれたものと断定して良さそうです。
これらのことから、5~6世紀は日本列島では金の存在は判っていても
金(砂金)を採取する能力はなかったと思われます。
日本列島から金が採れるのは、6世紀に入って、
朝鮮半島からさまざまな技術者の集団が大挙して渡来してくる。
そうした中に金を採取する人たちがおり
彼らの技術で、
日本でも金が採れるようになってきたのだと推理します。
538年に仏教が日本に伝来されますが、同時に金銅仏も輸入され
やがて日本列島に寺院が建ち仏像が安置されるようになると
金が大量に必要とされ、輸入だけでは賄えなくなってくる。
こうして749年、陸奥国で900両という砂金が発見されるに至りますが
これらの金採取を指揮したのが
百済王敬福という朝鮮系の一族であったというのは
あまりにも有名な話です。
直接ではありませんが
村上隆著の「金・銀・銅の日本史」は
日本の古代の金について判りやすく書かれており
一般の人たちにも比較的馴染みやすい1冊です。