遠慮と謙遜 | ぶっちゃきトーク

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軟式野球部や学校での取り組みを紹介しています

夏休み。
家族みんなで琵琶湖にキャンプへ行ったとき
末っ子だけ喘息で病院に運ばれたため


まともに花火が出来ませんでした。

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またやろうねと花火を少しだけ残し
繰り返しまたやろうねと言いながら
ついに今日の日を迎え


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チョー季節外れ
秋の花火。in10月


やろうと思えばいつでもできたのですが
玄関に置きっぱなしにしながら
月日は流れ。


でも実はちょっと
狙っていた節もあります。


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秋の涼しい夜空に
線香花火のこのパチパチと
鉄分の燃える煙。



これもまたオツです。(*^^*)

それも他の人がやっていないことなので
意味もなくちょっとした優越感。


楽しい時間は
あっという間に終わってしまいました。

楽しい時間といえば。

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中学校生活で
子供たちを前にすると
自然と言葉が出てきます。


それは
今やっている活動の先が
自然と見えてくるから。


「あー、あいつに今話かけておかないと
えらいことになるな」


「この話でスイッチ入るだろう」


経験によって身に付けたマニュアルを当てはめていくわけではなく
その生徒1人を
1人の「人」として見たときに


自然としゃべる言葉が出てきます。



遠くを見て慮る(おもんばかる)こと。

遠く=未来を観て
慮る=想いを測ること。

これを遠慮と言うそうです。



今、世の中に出回る「遠慮」と言う言葉は
どちらかと言うと
「謙遜」する言葉の意味で使われているようですが、


師曰く、

「遠くを見て、慮らざれば
近くにあって、憂うことあり。」


人は遠い将来を見通し
考えを思い巡らせておかないと

必ず近い将来に
憂うべきことが起きてくると言う意味です。

私たちの生活は
今、目の前にこだわりがちですが

先を見通す力が必要です。