クラスで、クラブで、毎日膝をつき合わせて過ごしていれば、
そりゃぁ、相手のイヤなとこばかりが目立って、言わなくても良い事を口走ってしまう事もあるでしょう。
でも、コミュニケーションの目的は、相手を貶す(けなす)事でもなく
自分の主張を貫く事でもなく、
言葉のケンカじゃあない。
勝ち負けを決めたり、その人より優れている事を確認する作業でもない。
コミュニケーションを停止させるフレーズは、
・でもね
・キミの言いたい事をまとめると
・前も聞いたよ
・知ってるよ
逆にコミュニケーションを促す言葉
・それで、
・それから?
・もっと話してよ!
相手の気持ちを高めて、相手を励ます事が
究極的にはコミュニケーションのゴールであると思います。
例えば、親子ゲンカをして親の話が一方的だと
「コミュニケーションの一方通行」が始まります。
親は聞いてあげているつもりでも、一方的な要求を子どもに通す。
僕も息子達が大きくなり、そんな場面が増えてきてしまいました。
でも、そんな事ができるのは
せいぜい中学1年生の頃まででしょう。
言葉では「わかった」といっていても、
顔の表情を見ていれば「わかっていない」事が分かります。
「親の考えだけにしばられたくない!!」
そう自我が芽ばえてくると、衝突も増えます。
また、学校で友達同士言い合いになって、
自分の主義主張が通らなくなったら、
その輪の中から出て行きたい衝動に駆られる事も当然あります。
思い通りにならない事が多すぎて、
むしろ学校に行く事の意味を失う。
勉強ばかりが大事な世の中だと思ってしまえば、
やりがいを失ってゆく事もしばしば。
そうやって、紆余曲折。人生って道に、
真っ直ぐでわかりやすい道なんて存在しません。
僕らの仕事は、その曲がり道の辻々で、
励ましたり、本気で叱ったり、
一緒に立ち向かったりする事だと思います。
今日は、何人の生徒を励ます事ができたのだろうか?
コミュニケーションによる信頼関係がなければ、
明日の勝利なんて望めません。