古い古いスケッチブックに
時々 絵を描いている。
二十数年も経っている神は、周囲が黄色く変色しているけど
娘はそれが味があっていいと言った。
時に毒を吐き出すような絵を、
時には愛情を込めた絵を。
アルバムを整理していて、子供の写真でもできるだけ必要なものだけと思い
整理していた中に一番私の好きな二人の写真。
私が初めて子供たちにおそろいの色のジャンパーを買って着せてあげた。
男女の兄弟なのでおそろいの服なんてこれが最初で最後だったと思う。
息子はプーさんのニット帽をかぶり、娘は大きめのジャンパーから両手が出せなくて
ころっとしている。
この頃 安定剤が増えて
それでも頭が痛かったりぼーっとすることがあるけれど
よかった。
絵が描ける。
長時間は難しいけど、まだ絵は描ける。
よかった。
今日から別の安定剤を昼と夜のお薬に変えてもらった。夜は昨日から飲みだした。
日本から帰った後のうつ機関が今回はいろんなことでしんどくなるのは予想していたのだが
朝に目覚めた時のつらさが厳しいので、先生のところに相談に行った。
ちょうど薬もぎりぎりの段階だったしでも外出すると大変だしで遅くなってしまった。
比較的家からも近い病院は小さめの医院で、最初は先生が二人いらしたが
途中から先生が一人になられて忙しく患者さんに対応している。
今の私で接する男性は、息子と”先生”という部類の中の人だけだ。 あ、あと元同僚も唯一の男性がいる。
私が長く付き合える先生のいいところはいったんよく話を聞いてくれるというところだ。
普段は28日分をもらってくる形なのだが、初診以来初めて
”今回は2週間後に診察するように薬を出します”と言われた。
でもそれは今の自分にとってはありがたいことなんだと思う。
精神的な症状の最近の日本語はよく分からないけれど
自分や ほかの相手に対してあやめるような映像が頭によくよぎったり
朝の起きがけの頭の中でいろんな声が聞こえて頭が痛い状態で起きるとか、
ソウルに戻ってきて音の刺激や言葉、すべてがしんどいということを正直に話した。
こういうことを話してもしもあなたの性格によるものだ、なんて言われた日には本当につらいと思う。
昨年あるアーティストを自死に追いやったのもそんな心ない誰かの言葉の影響も大きいと思う(知る限りではかかっていた精神科の医師の言葉らしい)
こういう話は実際に家族にも友達にもできない。
好きな人がいたとしてもすべてわかってくれるとか言っても、やはり専門家に話すのが一番いいと思う。
自分自身も楽だし まだ自力で病院に行ける状態ならば先生に頼れるから。
だからどうしてもそのアーティストの遺書を読むと頭にくる。
もう少し話をしっかり聞いてくれればと。
つらい人になんで性格のせいとか言えるのだろう、それは酷だ。
表面だって見えない心の問題は
本人もそして周りもよく分からないことが多い。
どれだけ血を流しているのか。
どれだけ救急なのかも。
それが怖い。
