薬を飲まないと眠れない。


夢を結構覚えてるという話を知り合いの本屋さんにしたら、


夢を覚えているというのは意外と特別で、だいたいが夢を見ても起きれば忘れるそうだとのこと。


夢に対する日記や絵で表現したら内面的な状態、表現にもなっていいのではないかと言われた。



正直、私の夢は自分の中での恐怖感がそのまま再現されることが多い。


高いところに柵もなく立っていたり、


泥沼のような汚い水の中の螺旋階段を上がっていくが、ずぶずぶと沈みそうで足元が危ういような夢とか。



果たしてこれを絵で表現したら嫌悪感を抱かれるのでは?と人目を気にしてしまう。



でも絵をかいたり文章を書く中では私は自由でいられる。


人の目も


規律も


何かに対する圧迫感も


そして恐れや恐怖さえも、白い紙にぶつければ


少しは緩和される気がする。




この頃よく思い出してしまう日本からソウルに向かう当時の心境。


あの時はまさに私が自分の意志で行きたいと思ったよりは


ソウルに行って結婚することで


何かの償いになるかと思い


うちの家計のこれからの平穏になると思い


日本と韓国の平和につながるものと思っていた。


誇大妄想的な気分でいたと思う。



でも最初から韓国なんて好きでもなく、そこで結婚して暮らすなんて思っても見なかった。


だからソウルに行くことが決められた時には


食べ物にも心配し(辛い物もにんにくも好きではなかったため)


言葉にも不安を覚え (なので行く前にはできるだけの努力をして勉強していった)


そして何よりもなんも知らない男と暮らせるんだろうか?という疑問。



若気の至りともいえばそうだし


でも私のような人間は本当は結婚を選択するべきではなかったのかもしれないとも


この頃感じる。



ソウルにまったくこの先来ないことではないけれど


ある意味ではソウル生活に終止符を打つのと変わりはないので


さびしくなったり


悲しくなったり


むなしくなったり



気持ちが大変だ。



明日は精神科の受信の日。


まあ先生に話すことで少しは安定できるので


行ってきます、明日。





 


3月も中旬になったということは、あと残りの時間は2か月余り。


書類や子供たちの新学期でいろいろなことを調べるのであっと言う間に毎日が過ぎる。



2月の一時帰国に娘と帰った後、日本の姉やそしてソウルの娘のアルバイト先の上司、


それから一応入学した工業高校の担任の先生などに


いろんなことを聞いたり相談したりして


日本語のできない娘が日本で高校を卒業するのはもちろん無理だし


高校検定を受けたらという話も、本人がしっかりと勉強する気がない限りは自信がなさそうだ。




去年の暮れまで早く日本に行きたいとよくつぶやいていた娘は


友達と親しくなれない中学時代の最後から早く逃げたかったらしい。


選択肢はソウルで卒業できるように


1-2か月の短期で娘だけ日本に来るようにするか、


あるいは娘と息子をソウルに置いて私は日本に帰国するかのどちらかだ。



もうチケットも取ってある、座席確定で。


だからとにかくどうするか決めなければいけない。



なのに、どうしても友達の影響で


遅く帰ってきたり昨日はなんだかんだで外泊をしたり。


それは息子が知らないわけはなく、そのように勝手に外泊したり


遅く帰ってきたりすることに私同様にイライラする。


私と息子はメンタル持ちなので結構なストレスになるわけだ。



薬を飲んでも怒りや感情で、手の震えが止まらないことがある。


何かを壊すか、すべてを捨てたくなる衝動に駆られる。


そして頭が割れるように内側から痛い。




心の平穏、、これが一番大切なんだけどな。





今週初めから 避けるに避けれない知人たちとの

約束があり 外出が多くなるショボーン

もう連続で約束があるというだけで

めんどくさくて話をするにもおっくうだ。


そういう気持ちのせいか

言葉が聞き取れない。 早口だと特に

早い流れの音に 言葉の意味を聞き出せずに

話の中間で何度も聞き返してしまう。


耳が聞きたくないのかもしれない。