確かに 私も乳製品に対する 健康信仰的なものは

随分前からなくなってます。

いつの頃か 牛乳を飲むとお腹が痛くなるというのもあって

カフェに行っても

カフェラテにどんな乳製品が入っているかで

お腹が平気だったり下したりするので

初めて行くカフェでは カフェラテを注文しません。

私の好きだったミュージシャンの

川村カオリも乳がんで亡くなりましたが

乳房を摘出した姿をあえて写真に残し

乳がんのこわさを訴えてこの世を去りました。

100歳まで生きる時代といわれても

病気で長生きしても苦しいですもんね。。。



 

木曜は一番バタバタする曜日。


昨日もそんな感じでスクーターに乗って


講義を聞きに行った。



2時間の講義で中間に10分の休憩を入れてくれている。


身体は50分以上 同じ姿勢をしていると無理がかかる。 これは立ってても座ってても同じで


仕事で午前中ずっと座って仕事をしているのは


身体にとっては悲鳴をあげている、ということになる。



最近の私は2時間とか、長時間の韓国語(または人の多いところの騒音)などにさらされていると


頭が痛くなってくる。 講義は聞いて理解しないといけないため、普通より神経を使うからだろうか。



少し甘めのコーヒーを飲みたくなる。




その後、5:30には 聖書の勉強会があるので


移動するが、とちゅうで風邪が長引いているので耳鼻科にも寄った。



5:45ごろになっても役職者が現れないため、

電話をしてみると、家のことでバタバタしているらしい。


義理のお母さんを家に呼んで、ヘルパーさんを雇いつつの介護をしているようだ。


在宅ヘルパーも責任感があればいいが、だいたいが自分に合わないととっととやめて

別の家を探すようなスタイルの人が多い。


以前、子供が小さい時に家事をしてくれるヘルパーさんを派遣してもらったが

1年やってくれる人は殆どいない。


長くて6か月くらいか。。。 そんなもんらしい。



それで結局6時ごろにぐったりした顔で到着した役職者さんから

聖書の内容を学ぶ。


学ぶことは大事だけれど、相手の今の事情を知ってしまうと

なんだか気を遣う。

しかも今年小学生にあがったばかりの子供もいるし。




帰りの道路、反対車線がびっしりと渋滞している。一車線道路。


すると、向こうの車の最終列からノーヘルのバイクに二人乗りで前進してくるバイクがいる。


逆走行ということだ。


私はメットの中からじーっとにらんでいた。


その後にまた、今度はデリバリーのバイクが


これまたノーヘルで逆走行してくる。



どいつもこいつも、安全に注意しないやつらばっかだ。


このまま直線で私も走って


そのバイクをぶつけてやろうかという考えが浮かんだ。


バイクはどんどん近づいてくる。



このまま行くか、、、、、


どうするか。。。。。





何秒かの迷いで、バイクを避けた。相手の目をにらみながら。


勇気がなかったのかもしれない。


それと、もし行動に移したなら


日本に行けなくなる、そう思った。



お母さんが待ってるから。


何かの役に私が立てるかどうかわからないけど。



今は、5月に帰国することを大事にしないと。


でも毎回、外出するとイライラする。


よくわからないけどたまらないほどイライラする。


壊したいし壊れたいとも感じる。






 


去年、知り合いの本屋さんのところで小さな絵の展覧会を開いてから

 


 

 

少しだけ自分の絵を人に見せる勇気がでてきました。

 


 

 


 

 


 

 

絵とか文章は内面の自分をさらけ出すことだと思うので

 


 

 

いろいろ考えるとあまり見せたくないな、と思ってしまうんです。

 


 

 


 

 


 

 

でも多分、絵を通して私という人間がいるんだということを

 


 

 

残したいのだと思います。

 


 

 

絵や文章を通して知らない誰かの心と響きあうこともできるからです。

 


 

 


 

 


 

 

20代の頃に私の書いた創作文章を通してそんな経験をしたことがあり

 


 

 

顔も知らない誰かが私の文章を読んで何かを感じてくれた、それがとても不思議でもあり

 


 

 

うれしくもありました。

 


 

 


 

 

その後に誰かから、ぜひ文章の全部を読んでみたいと言われて

 


 

 

手書きの原稿から起こしてから

 


 

 

その人に送ってあげようという計画を立てていましたが、

 


 

 

二番目の妊娠、出産、元夫の会社の不安定などがどんどん重なり

 


 

 

あっという間にその約束から20年近くも経ってしまいました。

 


 

 


 

 

ふとその約束を果たさなければという思いはありますが

 


 

 

なかなかやる気が起きません。

 


 

 


 

 


 

 


 

 

でも、死ぬとき後悔しそうだからやらなきゃなーと思います。

 


 

 

そしたらネットでその人は偶然に読んでくれることがあるのでしょうか。

 


 

 

まあそれも、縁があれば、、、ですかね。

 


 

 


 

 


 

 

最近描いた絵です。

 


 

 

ピンと来る人もいるかもしれません。

 


 

 

どうしても絶望と希望は背中合わせなのを

 


 

 

表現したかった。

 


 

 


 

 

孤独という波に自分も飲み込まれないように、明日も過ごしたいな。

 


 

 


 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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