男湯と書いた戸を開けると笑い声が聞こえて、番台の彼がすぐに俺に気づいた
いらっしゃい
ああ、昨夜の…
こんばんは
昨夜はありがとうございました
体調はどう？
風邪ひいてない？
おかげさまで
すっかり元気です
それは良かった
挨拶をしていると
じゃアニキ、またあとで
おう
彼と話をしていた男性が脱衣所の奥に入っていった
今日は早いね
は、はい
まずは借りていたパーカーを返さなきゃと思ったけど、両手が塞がっていて
これ、どうぞ
ペットボトルを差し出した
なに？
水です
見ればわかるよ
お世話になったお礼です
礼は要らないって言ったはずだけど
ほんの気持ちです
いや、気持ちは足りないくらいなんですけど
それなら気持ちだけで充分だよ
わざわざ買ってきてくれたのに悪いけど
そんなやり取りしてる間もお客さんは次々入ってくる
いらっしゃい
こんばんは
おにいさん、ちょっとごめんよ
番台の前に陣取ってる俺をよけるように、みんな脱衣所に入って行く
邪魔してすみません
要らないと言われても、ここまで持ってきて引き下がる訳にはいかない
あのこれ、買ったんじゃなくて…
勤めてる会社で出している試供品だと正直に話した
これ、君のとこの会社で作ってるの？
いえ、ウチは販売を取り扱ってるだけで製造は別の会社なんですけど
特別な水で、朝起きたときやお風呂に入る前に飲むと代謝が上がる効果があるそうなんです
生田から教えて貰ったセールストークをそっくりそのまま言ってみた
あるそうって、君は飲んだことないの？
実はまだ
そうか、会社からわざわざ持ってきてくれたのか
重かっただろう
受け取ってくれますか
ありがたくいただくよ
彼はペットボトルのパックを受け取るとラベルを外して1本俺に差し出した
どうぞ
え？
風呂前に飲むと代謝にいいんだろう
飲んだ方がいいよ
なんか、すみません…
お礼に持ってきたのを貰うなんて
まったくしようがないな、俺
どうかした？
いえ、お水
良かったら弟さんにもあげてください
弟？
さっきアニキって呼んでたあの方
弟さんじゃ？
ぶはっ
彼が吹き出した