昨夜、ハハが鍋の仕度を「正しく」してくれました~、という日記が2つほど前にあるが、その夜、マッドサイエンティストに変身したワタシが「特製焼酎」を作って、そのパックをいつも入れているカゴに入れようとしたら・・・「特製焼酎」は常時2本用意しているのだが、空いてるスペースに大根が立っていた(笑)。

認知症の診断がされた初めのころは、不安定で、冷凍庫の中に「海老の煮付け」がラップもなしに入っていた以来の「定位置が違いまっせ」な事態である。

海老より大根のほうが全然マシなんで、ちょっと吹き出しただけで終わったんですけども。


デイサービスのない、週に3日はワタシはほとんどハハとべったり一緒にいる。
会話をしてても不思議なことを言うわけでもないし、近所の人なんてワタシよりもずっとよく知ってる。冠婚葬祭の相談をしてもちゃんとした答えが返ってくる。
冗談だって言うし、ワタシの言う冗談にも的確に反応する。

ワタシは時々「・・・ワタシ、だまされてるのとちゃうやろか?」と思うことがあるのだが、大根や海老を見ると「あぁ、やっぱりそう(認知症)なんだ・・」と思う。

すぐに忘れてしまうことがほとんどだけど、たまに2~3日前のことを覚えてたりする。
人間の脳って、どうなってるんだろう???
本当に不思議で、そして、人間ってすごい、と思う。
子供みたいになってるハハだけど
ワタシ以外の人と話をするときはメチャしっかりと話す(笑)。

子供みたいになってるハハだけど
ワタシが肩を出して寝てると布団をかけなおしてくれる。

子供みたいだけど、子供じゃない。
ちゃんと「おかあさん」が残っているんだよ。

ワタシは毎日、いろんなことを気づかされる。

 * * * * *

そんなことを、イモートに話して聞かせてやりたいとも思うけど
ワケのわからんヒステリー攻撃にあうのはイヤだ(笑)。

ただ、イモートもチチとハハの子供なんだから
ハハとイモートが会う機会を奪う気はない。

なにも言ってこないから放置してるけど
ハハが死んだら「あわせてもらえなかった!」と
被害者意識丸出しで、責められるんだろうなぁ。

面倒くさいなぁ。
全部、揚げ足取れるんだけどなぁ。
はーーーーーーーーー。
ハハと一緒に公園の横の通りを歩いていたら、トイプードルの子犬がずっとほえていた。
時々みかけるコなので「オマエはかわいいのう」とかいいながら、通り過ぎていったら、頭の上でカラスが犬の鳴き声のマネをしていた。

ハハと二人で顔を見合わせて、「どこにおるのかな?」とカラスのいる木を探す。

カラスって、九官鳥の仲間でしたっけ?
なんか、上から目線な感じがする。

でも、仲良くなって話をしたら面白そう・・・みたいな気がする(笑)。


 * * * * * *


ハハは、すごく目ざとい。
例えば信号待ちの間に、前を通り過ぎる車のナンバーを見分けて
「今の車、1番やった! 1番の車って初めて見たワ」という。
「さっきいった車、7777やった! なんかいいことあるかなぁ」とか。
この場合「そのナンバーを見た」ということは事実なの。
「初めて見た」というのは思い込み(笑)。

そういうのはいいんだけど、
「今、すれ違ごたオッチャン、カツラやで!」とか
「あのコ、何食べたらあんなに太れるねんやろ!」とか
そーいうのは、普通のボリュームで言われると非常に困る・・・。

カツラを使ってるということは「隠したい」と思ってはるねんから、ほっといたげーな・・。


 * * * * * *

夜、ハハのすぐ上の伯母から電話があった。

先日ハハの世代のイトコが集まる旅行があって、お世話になったのですが「普通に会話してたら全然わからへんし、みんなで『治ってよかったなぁ』って言ってたけど、最後に靴を間違えて履いて、頑ななことを言ったので『やっぱり治ってないねんなぁ』という会話があった」らしいです(笑)。

まぁ、でも1泊の旅行を、同行者を不快にさせることなく、本人も楽しくすごすことができたのなら、それでよしとします。


あと、ワタシとイモートのことも心配してくれていて、いろいろ考えてくれました。
そういう人がいてくれることで、また力がでて来るね。
ありがたいことだと思います。
また、父祖母は非常に「お金」に執着の強い人だった。
だから「財布がない、通帳がない」「●●に盗まれた」と大騒ぎするのは毎日のことだった。

「自分にとってこれは大事だ!」と思ってるから、他人に見つからないところに隠すのだが、「どこに隠したか」を忘れてしまう。

 * * * * *

大きな鏡に写った自分の姿をみても、それが「自分」だとは分からなくなってしまった。

たびたび風邪や肺炎で入院したが、お医者さんの言うことをことごとく打ち破る暴れっぷりだった。

「この状態では絶対歩けません!」と医者が断言したにもかかわらず、導尿チューブを自分でひっこぬいて歩いてトイレに行き、病院の中で迷子になったり、点滴のチューブで「蝶々結び」をしたり、点滴の針を引っこ抜いたり、していた。

亡くなる直前は、起き上がることもできなくなり、妄想や幻聴が聞こえていたみたいだった。

ワタシが生きてる父祖母を見た最後の風景は、寝ている布団の中で「刀、持ってこーい!」と叫びながら、両腕を振り回している姿だ。
枕元に座って「どうしたん?なにかおるのん?」と尋ねても、もうワタシには反応せず、「そんなに腕振り回したらアカンよ」といって両腕を押さえたら、腕の力だけで布団ごとずりあがってこられた・・・・あの細い腕のどこに懸垂する力があったのか。


たまたま叔母が数日預かってくれていたときに亡くなったので、本当になくなる直前のことは伝聞でしか知らない。


父祖母が亡くなったのは、ハハが不審に感じだしてから10年くらい経ってからだったと思う。
実際に、ウチにいたのは、3~4年くらい・・・・かなぁ。
もっと短かったかもしれない。

 * * * * *

ワタシは父祖母が大嫌いだった(何回も書いてるけど)。
「こんな生活がいつまで続くんだろう」と思ったし、階段の上でブツブツ言ってる父祖母を「・・・ちょっと突いたら落ちるんとちゃうか・・」と思ったことも、1度や2度ではない。(実行してませんよ!)

それでも、今、当時を思い出すと「全く情報がなかったから仕方ないけど、あの時こんな風にやってあげたら、少しは安心したかもしれんなぁ」「少しは穏やかにすごせたかもしれんなぁ」と、気の毒に思う。

んで、今、ハハの介護をしているワタシが、結構ヘラヘラと暮らしているのは、父祖母のときのことを思い出して「あの時やって失敗したことはしない、他の方法を考える」ようにしてるからだ。
だから「この人、認知症だ」と思ったら、さっさと受け入れてしまった方がいい。

勿論、父祖母とハハは、性格が全く違う。
ハハは父祖母と比べるとずいぶんと扱いやすいと思う(進行して地が出てきたらしらんけど~)。
なによりありがたいのは「お金」に執着していないことだ。
そして、ムスメのワタシがいうのもなんだが「扱い方を間違わなければ、すっごい素直」。
ただし、酔っ払うと非常にタチが悪い(笑)。

反対に父祖母は「お酒」というものが大嫌いで一切飲まなかった。


だから、「アルツハイマー型の認知症の患者さんの扱い方」って、スタンダードなものっていうのは、本当はなくて「ひとりひとり、違って当たり前」なんじゃないのかな・・と最近思う。

別に「協力して何かを成し遂げ」ないといけないものでもないし、「扱いにくくならないように注意して扱う」。
軽度のうちは「忘れることが非常に激しいという『個性』を持った、以前のままのその人」なのではないか、と。

まぁ、こんなこといってても、この先どうなるかわかんないんですけどね。
我が家にやってきた父祖母は、いつも玄関の上がり口か、2階の階段の降口に座って「ここはどこや、帰りたい、家に帰りたい」とブツブツつぶやいていた。
しばらくして分かったことだが、父祖母のいう「家」とは50年以上住んでいた「チチの実家」ではなく、「父祖母の生家」のことだった。

そして「家に帰る!」と言っては、ワタシ達の気づかないうちに(ってか、そういうところはなんかすごい上手かったの・笑)、四つつけてあるドアの鍵を全部はずして行き先もわからないまま、ものすごいスピードで出て行ってしまうのだ。
普段一緒に出かけているときは「足が痛くて歩けない」と、ヨチヨチとしか歩かない人が、だ。

警察のお世話になったこともあるし、どこにいったか分からない父祖母をさがして、(ワタシが)着のみ着のまま、自転車で大阪の繁華街まで探しに行って、ツギアテだらけの「どてら」を酔っ払いの団体に指差して笑われたこともある。

徘徊する体力がなくなってくると、自分の子供であるチチや叔母たちの存在すら忘れ(産んだことを忘れるのよ)、チチのことを「自分のお兄さん」だと思い、ウチは「旅先の宿」で、ワタシは「宿で働くけなげな若い女中さん」になった。
「他のお客さんは皆もう出発されましたか?」と尋ね、「おおきに、これ、内緒やけどとっとき」と、押入れに入っていた袋に入ったままのシーツをチップに貰った。

チチから大声で怒られると、ワタシに向かって小声で「あの人ヤ●ザやから、アンタもかかわったらアカンで」と忠告してくれた。

明治生まれの父祖母は、一年のほとんどを着物で通していた。
・・・つまり「パンツ」を履いていることはほとんどなく、「お腰」もしくは「着物用のパンツ(トランクスの切れ目がお尻のほうまである感じ)」しか身につけていなかった。

ということは、オシッコもウンチも・・・・そりゃえらいことでしたわよ(「あ、アーモンドチョコが落ちている」」と思ったら・・・とか・笑)
一応「便意」は感じるらしく、自分でトイレに行こうとするのだが、間に合わないことも多かった。

今みたいに「パンツ型のおしめ」がなかった当時の「おしめ」などというものは、異物感満点で(しかもそれまでもパンツなんて履いてなかったのだ)、装着しても自分ですぐにはずしてしまい、はずしたおしめを小さくちぎって部屋の中や、窓の外に散らすのだ。
                         (つづく)