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斎藤幸平『人新世の「黙示録」』書評~「脱成長」から「暗黒社会主義」へと言うリアル

ワーカーズブログ 2026-05-06 17:51:09

 

【Bunnmei ブログ】

 

 

斎藤幸平の『人新世の「黙示録」』は2026年4月6日に集英社より発売されました。

 

50万部を超えるベストセラーとなった前著『人新世の「資本論」』の続編として位置づけられる本書は、しかし単なる補足や普及版ではありません。

 

思想の射程が大きく変わっており、読者によっては同じ著者の著作とは思えないほどのトーンの落差に驚かれるかもしれません。 もちろんそこには通底する連続性があります。

 

■脱成長コミュニズムから「暗黒社会主義」へ

 

前著の功績は、マルクスの晩年の研究ノートを掘り起こし、資本主義が自然の循環を破壊する「物質代謝の撹乱」を引き起こすプロセスを理論化した点にありました。

 

グリーン・キャピタリズム(資本主義の枠内での環境対応)緑の成長(脱酸素化で経済成長を目指す)等の欺瞞を鋭く暴き、代替案として「脱成長コミュニズム」を提示した前著は、未来社会への道筋を示す「希望の書」として多くの読者を鼓舞するものでした。

 

新著は、一層の危機感からそのような明るさを意図的に否定しています。「未来はファシズムだ!」という衝撃的な書き出しから始まる本書において、斎藤は気候崩壊が世界を極度の欠乏経済へと突き落とし、奪い合いの不安の中で他者を切り捨てる「選民ファシズム」が蔓延し、戦争が次々と勃発する現代・近未来を描き出しています。

 

マルクス主義者で知られる著者がこれほど「暗黒」という言葉を使うことは読者に大きな揺さぶりをかけます。

 

思想的進展の最大の特徴は「時間軸の圧縮」にあります。前著が「将来的に限界が来る」という論調だったのに対し、新著では「すでにティッピング・ポイント(臨界点)は目の前にある」という解釈を強調します。

 

現に温室効果ガス(二酸化炭素)は減るどころか幾何級数的に増大し、あらゆる「国際的合意」「約定」は無効であることが示されたのです。それがこの差となります。

 

前著で警鐘を鳴らした気候危機は、予想以上に悪化し、気候崩壊と呼ばれる段階に突入しているというのが本書の出発点です。

 

これは単なる悲観論ではなく、「自主規制」や「技術革新による解決」を悠長に待つ時間的猶予がないことを読者に突きつける「政治的決断の緊急性」のための行動要請です。

 

■地球資源は「活用困難さ」が増している

 

エネルギー投資収益率(EROI)の低下という物理的事実もその根拠を支えています。

 

かつての安価な化石燃料に比べ、再生可能エネルギーや高度技術インフラを維持するためのエネルギー効率は著しく低下しており、脱炭素化に不可欠なレアメタルや重要鉱物は採掘が進むほど品位(グレード)が落ち、採取コストは雪だるま式に膨らみます。

 

かつての石油は1のエネルギー投入(採掘精製)で100のエネルギーを得られましたが現在は20 程度、また現在のシェールオイルや再生可能エネルギー(太陽光、風力)は、製造・設置・蓄電コストを含めると、その比率は大幅に低下します(諸説ありますが、蓄電等を含めると10以下になるという推計も多い)。

 

ゆえに現代の複雑な文明(高度な医療、教育、インフラ、軍隊)を維持するには、社会全体のEROIが一定水準(例えば12~15以上)である必要があるという統計的モデルがあります。

 

ところが気候危機を救う再エネへの完全転換は、この「文明維持に必要な余剰エネルギー」を物理的に確保できない可能性を統計的に示唆します。(だから斎藤幸平は気候危機には「脱成長」しかないと考えた)

 

「効率化技術」が「資源採取の困難さ」に追い越されるという物理的限界を前に、資本主義のエンジンである拡大再生産は停止せざるを得ないというのが斎藤の立場です。

 

これが気候危機から来る食糧不足として二重に人類を攻め立てます。

 

■民衆による「社会主義」「計画経済」という希望

 

新著でとくに注目すべきは、「計画経済」の再評価という大胆な論点です。

 

本書の第4章「計画経済が全体主義を連れてくるのか」、第6章「デジタル社会主義は可能か」、第9章「エコロジー独裁への道」、そして第10章「暗黒社会主義という希望」という章立ては、かつてのソ連型とは異なる、コモン(公共財)の概念に基づく市民参加型の「下からの計画経済」と国家統制を組み合わせたモデルを模索するものです。

 

貴重であり少ないがゆえに経済資産を「コモン」としてみんなで計画的に「統制的に」活用しようというのが斎藤の考えです。

 

バルセロナやパリでの水道再公営化、コロンビアやエクアドルなど中南米諸国での取り組みを例示しながら、斎藤はデジタル技術を活用した新しい計画経済の可能性を論じています。民衆の国家、民衆による管理機構の形成がカギになります。

 

斎藤幸平の人新世の資本論における「脱成長コミュニズム」は、成長からの離脱を前提にコモンの拡大や労働時間の短縮を通じて、持続可能で平等な社会を目指す規範的な構想です。人々の合意と主体的選択による移行が重視されます。

 

一方、人新生の黙示録の「暗黒社会主義」は、危機の進行を前提に国家の統制や資源配分の強化を伴う現実的対応です。

 

前者が望ましい未来像であるのに対し、後者は危機対応と言う性格が前面に出ています。制約下で選ばざるを得ない帰結と位置づけられます。

 

■ネグリ=ハートの「加速の論理」と対決

 

こうした思想的立場は、アントニオ・ネグリ&マイケル・ハートの思想と鮮明な対比をなします。ネグリらは、資本主義の内部で育まれてきたAIや知識ネットワークなど「非物質的労働」の成熟に希望を見出し、それらを資本の支配から解放することで生産力をさらに全開にしようとする「加速の論理」を説きます。

 

マルチチュード(民衆)がすでに自律的にコモンを生み出しており、あとは資本という「枷」を外すだけだというのがネグリらの立場です。形式的な「弁証法」ということです。

 

これに対し斎藤は、地球の物理的限界という「動かせない壁」の前では、生産力の解放そのものが問題の解決にならないと見ます。能動的に減速しながら共生の仕組みを再構築する「ブレーキの倫理」(脱成長)こそが必要だというのが彼の一貫した主張です。

 

物理的な資源統計の壁を見て「これ以上は無理だからブレーキを踏もう」と説くのが斎藤であり、「資本家なしにアクセルを踏み込もう」と説くのがネグリらです。

 

斎藤は「地球がもう限界だから、人間の活動量そのものを減らそう」と言う。ネグリらは「テクノロジーや知識の力を資本家から奪い取って、もっと使いこなそう」と言う。

 

この対立は、現代左派における最も重要な論争軸を構成しています。

 

哲学者・國分功一郎は、本書を「資本主義の外側をみてみませんか?」という招待状である、と述べています。

 

しかし、斎藤は、単純にそのようなことを主張しているのではなく、むしろ資本主義の主導理念「成長」を離れて、資本主義によって人間を拒否し始めたこの惑星の人新世と言う時代を客観的に見つめ直せ、という事です。

 

「暗黒社会主義」という厳しい言葉は危機の別の表現です。しかし、人類が自己保存を最優先としつつも、人間本来の協同性や社会性を引き出し生かしつつ、資本主義的な諸観念と価値観を転換する試みになる「希望」でもあります。(了)

 

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