治安維持法ー日本と朝鮮・台湾・満州の適用相違は何を示すか
今年は「敗戦80年」であるとともに、治安維持法制定(1925年)から100年です。反天皇制・反戦の思想・言論を取り締まり侵略戦争への道を切り開いた稀代の悪法です。
折しも治安維持法の現代版といわれる「スパイ防止法」を巡って、自民党と日本維新が連立政権合意書に年内検討開始を盛り込み、高市早苗首相は党首討論で「速やかに法案を策定する」と表明。参政党と国民民主がそれぞれ独自に法案を提出するなど、きわめて緊迫した事態を迎えています。
そんな中、京都弁護士会主催の講演・シンポ「治安維持法100年―歴史に学び、未来を守る」が6日ありました。講師は治安維持法研究の第一人者、荻野富士夫・小樽商科大学名誉教授(写真右)。
スパイ防止法の問題はあらためて検討しますが、ここでは荻野氏の講演で強調された治安維持法の知られざる重要問題について書きます。
同法は第1条で、「国体もしくは政体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織しまたはこれに加入したる者は十年以下の懲役または禁錮に処す」(現代仮名づかいに変更)とした明白な思想取り締まり法です。3年後の1928年には天皇裕仁の緊急勅令で「改正」され、「死刑または無期懲役」が追加されました。
見過ごせないのは、同法の適用において日本国内と植民地の朝鮮、台湾、そして傀儡国家の満州国(中国)で明確な違いがあったことです。後者では「検挙から起訴、公判、受刑に至るあらゆる段階で日本国内より苛酷な運用がなされた」(荻野氏)のです。
▶検挙・起訴
1928年~45年の18年間で、日本国内の同法による検挙数は68274件、そのうち起訴が6550、起訴率は9・6%でした(出典『治安維持法関係資料集第2巻』)。
これに対し、朝鮮では、1925年~40年の16年間で、検挙数20741件、起訴は6172、起訴率は29・8%にのぼりました(出典、同)。
台湾は不十分な統計しかありませんが、8年間で検挙数は701件、うち起訴が403で、起訴率57・5%でした。
▶死刑判決
死刑判決は、日本国内ではゼロでした。ただし警察内での拷問死は「小林多喜二はじめ100人近く」(荻野氏)にのぼりました。
これに対し、朝鮮での死刑判決は数十人(多くは「殺人」などとの併合罪)、台湾では少なくとも2人、「満州国」では約2000人と推測されます。
なぜ日本国内での「死刑」がゼロだったのか。荻野氏はこう指摘しました。
「日本人に対しては、目覚めて転向する可能性があるとして無期懲役にした。それに対し植民地の朝鮮や台湾、満州国では容赦なく死刑判決を下した」
検挙・起訴、死刑判決におけるこうした違いは、治安維持法においても民族差別が貫かれていたことを示しています。
その治安維持法の現代版・スパイ防止法が、自民、維新、国民民主、参政によって来年早々にも強行されようとしているのです。

