「浮島丸事件」を風化させてはならない | ワーカーズの直のブログ

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「浮島丸事件」を風化させてはならない

アリの一言 2025年08月23日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任

 

 

 

「戦後生まれが約9割を占め、若い世代を中心に、被害と加害が交錯する戦争の実相を現実感を持って受け止めることが難しくなっている」(16日付京都新聞=共同)

 

 風化させてはならない「戦争の実相」は数々ありますが、「浮島丸事件」はその代表の1つです(写真左が浮島丸。右は舞鶴市にある慰霊碑)。

 

「1945年8月22日、解放された祖国に帰るために朝鮮人被徴用者とその家族数千人が青森県の大湊港から釜山港に向かう日本の海軍輸送船「浮島丸」に乗り込んだ。しかし、2日後、この船は突然の爆発で舞鶴湾で沈没した。朝鮮人が乗船した日本国籍の船舶が、日本の沖合で爆発して沈没したのだ。500~1000人が犠牲になり、事件の真実も彼らと共に海に沈んだ」(7月22日付ハンギョレ新聞日本語電子版)

 

 「浮島丸事件」にはいくつものナゾがあります。

 

 ①沈没の原因は何か?②なぜ急いで出港したのか?③目的地は本当に釜山港だったのか?④犠牲者は実際は何人だったのか?⑤日本の新聞はなぜ1行も報じなかったのか?(2019年10月1日のブログ参照)

 

 日本では注目されることが少ない「浮島丸事件」ですが、被害国ではそうではありません。先月、韓国のハンギョレ新聞にパク・ミョンソプ成均館大学名誉教授の次のような寄稿がありました(抜粋)。

 

<当時、日本政府は「機雷による事故」だと発表した。だが、その後発見された日本海軍の文書には、浮島丸に爆薬が積んであり、出港前に海に投下するか、陸上で処理しろとの命令があったという記録が存在する。この文書が事実なら、浮島丸の爆沈は単なる機雷事故ではなく、人災である可能性を示している。

 

 最近、日本政府は乗船者全員の名簿を韓国政府に提供した。しかし、これまで真相究明はまともに行われていない。日本政府は関連の軍文書を十分に公開していない。舞鶴市と京都府が建てたささやかな慰霊碑のほかに、日本政府レベルの謝罪や責任に関する表明はなかった。

 

 浮島丸はただの一隻の船ではない。その船に乗った人々は生きて帰れるという希望を胸に抱いていただろう。その希望はなぜ粉々に砕かれたのか。その質問に今まで誰もまともに答えていない。

 

 真実は時間が経ったとしても消えるわけではない。むしろそれから目をそらした時間が長いほど責任の重さはさらに大きくなるだけだ。舞鶴沖に沈んだ真実、もう引き揚げなければならない。>(7月22日付ハンギョレ新聞)

 

 日本政府は真相を明らかにし、犠牲者遺族・関係者に謝罪する責任があります。

 

 さらに特筆すべきはメディアの責任です。

 

上述のように、メディアは発生直後からこの事件に口をつぐんできました。そこには政府・軍による圧力が予想されます。今日に至るまでその“沈黙”は続いています。

 メディアはこの問題を自己検証し、公表しなければなりません。メディアと政府・軍(自衛隊)の関係というきわめて今日的な問題のためにも。