「琉球遺骨移管」京都大学の犯罪! | ワーカーズの直のブログ

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「琉球遺骨移管」植民地主義から脱却できない京都大学

アリの一言 2025年05月30日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任

 

  

 

京都新聞(29日付1面トップ)は、<京大が「琉球遺骨」移管>の見出しでこう報じました。

 

「研究者が沖縄県の墓地から持ち去った遺骨の返還を県民から求められている問題で、京都大が28日までに、同県今帰仁村(なきじんそん)の「百按司(むむじゃな)墓」から持ち去った遺骨少なくとも26体を同村に運び、今帰仁村教育委員会に移管したことが分かった」(写真左は「百按司墓」、写真中は移管された遺骨=NHKニュースより)

 

京都新聞は「日本の大学が収集した遺骨を現地に戻した先例は乏しく、全国の大学や博物館に影響を与えそうだ」と評価的コメントをしていますが、実際は真逆です。

 

京大による「百按司墓」の盗骨は、金関丈夫助教授によって約80体(1929年)、三宅宗悦講師によって約70体(1933年)行われました。

 

子孫はじめ沖縄県民からの返還要求に対し、京大は一貫してこれを拒否。遺族らは2018年に「琉球遺骨返還訴訟」を起こしました。

 

1審、2審とも原告の請求は棄却されたものの、大阪高裁判決(23年9月22日)は、原告らを「沖縄地方の先住民族である琉球民族」と認定し、「付言」で「持ち出された先住民の遺骨は、ふるさとに帰すべき」と指摘しました(23年9月25日のブログ参照)。

 

にもかかわらず京大はその後も返還を拒み続けました。のみならず、遺族らとの交渉さえ拒否してきました。

 

今回京都新聞が報じたのも、「移管」であり「返還」ではありません。この違いは決定的です。

 

京大と今帰仁村教育委員会は昨年「返還協議書」を結びましたが、そこには「再埋葬はしない」との条項が盛り込まれていました。「(遺骨を)引き続き研究対象や学術資料として扱うため」(29日付京都新聞)です。

 

今回、京大が再埋葬を認めず、住民にも知らせないで今帰仁村教育委員会に「移管」したことについて、板垣竜太同志社大教授(文化人類学)はこう指摘しています。

 

「どこまでも研究者本位の考え方で、『遺骨の地域返還』とは言いがたい。研究対象のモノである『人骨』としてではなく、子孫や地域住民にとっての遺骨として返還すべきだ」(29日付京都新聞)

 

琉球民族の遺骨をあくまでも研究対象とする京大。その根底には何があるのでしょうか。

 

前述の大阪高裁判決後、京大と同志社大の教授らが連名で京大総長に対し、「琉球民族遺骨返還訴訟の判決を受けての要請書」(23年11月23日)を提出しました。その中でこう指摘しています。

 

「京都大学は判決のことばを重く受け止め…遺骨の「ふるさとで静かに眠る権利」(高裁判決)を実現する方策を探るべきです。

それだけではありません。過去の<学知の植民地主義>の産物である遺骨収集について、自ら率先して洗い出し、その全貌を明らかにし、謝罪と原状回復のために尽力すべきです。

 

京都大学は…過去の<学知の植民地主義>のうえにいつまでも居座りつづけるのか、それとも、たいへん遅ればせながらも、そこからしっかり決別して新たな学知の道を歩もうとするのか、その岐路に立たされているのです」

 

京大はこの「要請書」にも背を向け続けてきました。そして今回の「移管」です。それはすなわち、京大が「学知の植民地主義」の上に居座り続けていることにほかなりません。

 

日本有数の大学がいまだに植民地主義から脱却できていない。これはたんに京大だけの問題ではありません。