学術会議法の前文を削除する自民党政権の思惑
アリの一言 2025年05月23日 | 日本の政治・社会・経済と民主主義

日本学術会議を特殊法人化して自主性・自律性を奪い、政府の統制を強化する改悪法案が、参議院で審議されています。
財源を補助金化し、新たに外部の「運営助言委員会」を設置するなど、財源・運営・人事の制度面での改悪が顕著ですが、見落としてならないのは、現在の学術会議法の前文がそっくり削除されることです。
そもそも学術会議法(1948年)は、「学界各分野を通じて選出された委員で構成された学術体制刷新委員会において起草された。まさに、科学者の総意の下に、日本学術会議の基本理念や制度が形づくられ(た)」(4月15日、日本学術会議総会声明)ものです。
その基本理念である前文(全文)はこうです。
「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」
これが削除される。それはどういう意味を持つでしょうか。
学術会議の法学委員会委員長の川嶋四郎・同志社大学法学部教授はこう指摘します。
「76年前、科学が軍事利用された反省に基づき、学術会議は立ち上がった。だからこそ、科学が文化国家の基礎、平和的復興、科学者の総意という言葉を前文に入れたにもかかわらず、外されてしまった。政府としては、前文を残すことで従来の学術会議と連続性が保たれることが嫌だったのでは」(22日付京都新聞)
自民党政権による学術会議攻撃は、2020年の菅義偉政権による任命拒否から顕著になった印象がありますが、実は本格的な攻撃が開始されたのは2016年、安倍晋三政権のときからです。
安倍政権は2014年4月に「防衛装備移転(武器輸出)三原則」を閣議決定。同年7月に集団的自衛権行使容認の「政府見解」を決定。そして翌15年9月、安保関連法(戦争法)を強行しました。
そんな動きと呼応して、15年1月、東京大学が戦後タブーとしてきた軍事研究の「一部解禁」を決定しました。学術会議の中では防衛省の研究助成制度をめぐる議論が沸騰。
その最中の2016年、70歳の定年を迎える会員の補充を決める際、学術会議の選考段階で名前が挙がっていた2人に安倍政権が難色を示したのです。これが学術会議の人事に首相官邸が介入した始まりです。
学術会議は激しい議論の末、2017年3月24日に「軍事的安全保障研究に関する声明」(写真右)を発表しました。その内容はこうです。
「日本学術会議が1949年に創設され、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、また1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発した背景には、科学者コミュニティの戦争協力への反省と、再び同様の事態が生じることへの懸念があった。
近年、再び学術と軍事が接近しつつある中、われわれは、大学等の研究機関における軍事的安全保障研究、すなわち、軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあることをここに確認し、上記2つの声明を継承する。
科学者コミュニティが追求すべきは、何よりも学術の健全な発展であり、それを通じて社会からの負託に応えることである。学術研究がとりわけ政治権力によって制約されたり動員されたりすることがあるという歴史的な経験をふまえて、研究の自主性・自律性、そして特に研究成果の公開性が担保されなければならない」
安倍政権の介入・圧力に抗して、学術会議は学術会議法前文の基本理念を堅持し、学術研究の軍事利用を明確に拒否したのです。
2020年の任命拒否は、これに対する自民党政権の報復といえます(任命拒否の事実上の当事者は菅政権に代わる前の安倍政権だったと考えられます)。
そして今回の改悪法で、ついに前文の基本理念自体を葬り去ろうとしているのです。絶対に許すことはできません。