三笠宮百合子氏葬儀への公費支出は二重の憲法違反
アリの一言 2024年11月26日 | 天皇制と憲法

26日行われる三笠宮百合子氏の本葬「斂葬(れんそう)の儀」の費用は総額約3億2510万円の見通し。「政府は22日、このうち約3億2千万円について2024年度の予備費から支出することを閣議決定」(22日付朝日新聞デジタル)しました(写真左は葬儀会場=朝日新聞デジタルより)。
「宮内庁によると、葬儀は喪主のもとで執りおこなわれる私的行事だが、「皇族方は国民から弔意を寄せられる対象であることに鑑み、国費を支出することができる」と整理されているという。会場に幄舎(あくしゃ)や職員用のモニター、参列者用の椅子を設置するなど葬場関係費に約2億円、参道の補修など墓所関係費に約7400万円などが必要となる」(同)
この予備費(公費)支出は二重の憲法違反であり、絶対に容認することはできません。
第1に、財政民主主義原則の蹂躙です。
憲法第89条は、「公金その他公の財産は…公の支配に属しない…事業に対し、これを支出し、またはその利益に供してはならない」と規定しています。同条項を含む第83条~第91条が「財政民主主義」の規定です。
宮内庁は一般皇族の葬儀が「私的行事」であることを認めています。「公の支配に属しない」私的行事への公金支出が89条違反であることは明白です。
つじつま合わせのため政府・宮内庁は上記太線部分のような釈明をしていますが、荒唐無稽・意味不明です。皇族が「弔意を寄せられる対象である」となぜ言えるのか、そういう規定をしている法律がどこにあるのか。仮にそうだとしても、それが私的行事に対する公費支出を正当化する理由にならないのは自明です。
第2に、政教分離原則の蹂躙です。
憲法第20条は「国およびその機関が…いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定しています。葬儀は一般に宗教儀式ですが、皇族の葬儀は皇室神道に則って行われる正真正銘の宗教儀式です。だから政府・宮内庁も「私的行事」だと言わざるを得ないのです。
その皇族の葬儀への公金支出が憲法第20条違反であることは明白です。
かつて天皇裕仁の葬儀「大喪の礼」(1989年2月24日)は「国事行為」として行われ公費が支出されました。これについて横田耕一・九州大名誉教授(憲法学)はこう指摘していました。
「仮にそれが「公的性格」を持つとしても、憲法の禁じる方法で国がそれに関与することは許されない。こうした支出・出席は、宗教的目的を持つものであり、国が過度に特定の宗教儀式に関わったものだから、違憲と言わねばならない。なお、これまで、貞明皇太后・秩父宮・高松宮の神道式葬儀にも国費が支出されているが、これ自体に問題があり、これらを先例とすることは妥当ではない」(『憲法と天皇制』岩波新書1990年)
荒唐無稽な「釈明」で二重の憲法違反を強行しようとしている(これまでもしてきた)自民党政府、その言い分を疑いもなく報道する(垂れ流す)メディア、公費支出の事実すら報じないメディア、自民政府に追随する野党、明白な憲法違反を告発しない憲法学者はじめ「学者・識者」たち…。
日本中が思考停止に陥っているこの状況は、日本が「法の支配」とは程遠い民主主義後進国であり、その根底に天皇制という病巣があることを改めて浮き彫りにしています。