イスラエル窮地の裏側
2024年4月7日 田中 宇
4月1日、イスラエル軍が、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館(の別館)を、戦闘機からのミサイル発射で破壊した。建物内で会議をしていたイラン軍(国軍より強い革命防衛隊)の最高幹部の一人、ムハンマド・ザヘディ(Mohammad Reza Zahedi)と、その部下たちが殺された。
(Multiple IRGC Generals Reported Killed In Israeli Attack On Iranian Embassy In Syria)
ザヘディは、シリアとレバノンに展開する民兵団ヒズボラに武器弾薬を供給する担当だった。ヒズボラはイランの多数派と同じシーア派イスラム教徒だ。イランは、ヒズボラに武器を供給してシリアの米傀儡勢力(ISアルカイダ)やイスラエルを攻撃させ、シリアのアサド政権を助けてきた。
イスラエルとヒズボラは昔から断続的に戦闘してきたが、昨年10月のガザ開戦後、南のガザで忙殺されているイスラエルを、ヒズボラが北から攻撃する形で戦闘が激しくなっている。
(Killing of IRGC commander in Syria ‘clear escalation’ in tacit Israel-Iran war)
大使館は国際法上、戦争相手国のものであっても攻撃してはならないことになっている(戦争を終わらせる手段として外交を残しておかねばならないので)。イスラエルは、それを無視してシリアのイラン大使館を攻撃した。
イスラエルは「あの建物は革命防衛隊が使っていた軍事施設であり、外交施設でないから攻撃は合法だ」と言っているが、親イスラエルなはずのロシアからも今回は批判されている。
(Israeli Attack on Iran’s Consulate in Syria: What Consequences Could Lie on the Horizon?)
大使館への意図的な空爆は好戦的なイスラエルにとっても前代未聞な行為だ(と喧伝されている)。今回の攻撃は、イスラエルからイランに対する強い警告であると同時に、ガザ戦争の目的(ガザ市民をエジプトに追い出してガザを抹消すること)をなかなか達成できず危機に瀕しているイスラエルの焦りの発露だ(とされている)。
(Is Israel's plan to draw the US into a war with Iran?)
攻撃されたイランは激怒しており、イスラエル本土を報復攻撃するかもしれないと言われている。イスラエルは、本土を攻撃してきたら全面戦争になるぞとイランに脅し返している。イランが、イスラエルだけでなく中東の駐留米軍も標的にして、米国も巻き込んだ中東大戦争になるとか。
中東の軍事緊張が一気に高まり、原油や金地金、穀物などの資源類(コモディティ)の相場が高騰している。もう一段、緊張が高まったら、1970年代のような石油危機になるとも喧伝されている。
(Crude, Food Prices Jump As Looming Israel-Iran Conflict Spark 1970s Oil Shock Fears)
(Israel Warns Iran Of Massive Regional War If Directly Attacked)
3月初めまで、イスラエルが間もなくガザ最南部の国境の町ラファを大攻撃し、エジプトに国境開放を強制し、ラファに追い詰められている150万人のガザ市民をエジプトに追い出してガザ抹消を完遂すると予測されていた。
だがその後、1か月経ってもイスラエルはラファを大攻撃していない。ネタニヤフが大攻撃を軍に命じたという情報が流されて喧伝されたが、現実になっていない。
バイデンの米民主党では、パレスチナの大義に固執するリベラル(左派)が強まり、彼らがバイデン政権を動かしてラファ大攻撃に反対させ、ラファ国境を開けぬようエジプトの米傀儡軍事政権に命じていると推測される。
民主党の議会重鎮(チャック・シューマー。ユダヤ人)が、イスラエルは解散総選挙してネタニヤフを落とすべきだと演説し、それに対してバイデンがうわ言のように「良い演説だ」と褒めたりした。
バイデンは、親イスラエルを脱しないと秋の選挙で負けてしまうのでイスラエルを非難せざるを得ない、という話が流布している(実際はトランプの方が親イスラエルなのだが、コロナ以来、米欧では稚拙な多重インチキ解説が簡単にまかり通ってしまう)。
(Gaza War Is Pushing Support for Israel to Historic Lows)
米国に猛反対され、ネタニヤフはラファ大攻撃を延期している。この状態が長引くほど、150万人のガザ市民がラファに閉じ込められたまま、食糧支援も足りない状態で、ガザ市民の飢餓や窮乏がひどくなる。
ガザ市民がエジプトに追い出されてしまえば、現実的に問題が解決するが、そうならずに長引くと、米欧での非難が強まって、米国からイスラエルへの武器弾薬の輸出が減らされかねない。民主党左派議員たちが、イスラエルへの兵器輸出を止めるべきだと騒ぎ出している。
(Warren says she would move to block sale of F-15s to Israel)
米欧の手持ちの武器弾薬は、ウクライナ軍が米諜報界に教えられるまま無駄遣いし、戦場でロシア軍に効率よく破壊してもらっているので払底している。
米欧NATOは、今後さらにウクライナの負け戦に入り込むので、米欧の武器弾薬の余力はますます減る。イスラエルに送る分も減り、その口実として「イスラエルの戦争犯罪」が使われるようになる。
イスラエルの後ろ盾は、覇権国の米国だけだ。米国が軍事支援しなくなると、イスラエルは「終わり」になる。ラファ大攻撃の遅れは、ガザ市民の状況悪化、米欧のイスラエル非難の強まり、軍事支援の減少、これらの悪循環とイスラエルの弱体化になる。
(US Increased Intelligence Sharing With Israel to ‘Unprecedented’ Levels After October 7)
イランは、イスラエル弱体化の可能性を横目で見ながら、傘下のヒズボラを、レバノンやシリアでイスラエルのすぐ近くに展開させている。イスラエルが大量の武器弾薬を持つ強い国だった従来、ヒズボラはイスラエルよりもかなり弱いのでゲリラ戦法を採っていた。
だがもし今後ガザ戦争が長引いて、米国からイスラエルへの軍事支援が減ると、両者の軍事力の差が小さくなり、準国家的な存在でしかないヒズボラに、イスラエルが負けるようになりかねない。
イスラエルは、イランとの戦争にならなくても、イラン傘下のヒズボラ(やハマス)との長期戦に追い込まれ、じわじわと「茹でガエル」みたいに潰れされていくシナリオも、反イスラエル・イスラム主義系のオルトメディアが「ざまあみろ」的に流している。
(How do Iranians ‘Boil a Frog’? Slowly and methodically.)
これらのシナリオを見る(鵜呑みにする)と、テルアビブがガザみたいな瓦礫の山の廃墟になっていく構図が浮かび上がる。
米国の覇権衰退・中東撤退により、唯一の後ろ盾失うイスラエルは、いずれ弱体化してイランやヒズボラ、ハマスなどイスラム側に勝てなくなり、潰れていく。
ガザ戦争が起きなかったとしても、イスラエルは潰れていく運命だった。イスラエルが「あがき」として起こしたガザ戦争は、イスラエルの滅亡を早めてしまった・・・。うんぬん。
ネットの情報を読み解くと、そんな感じになる。イスラエルは潰れていく。だが、本当にそうなのか??。実のところイスラエルはかなり余裕があり、隠れた別の意図を持って今の戦争状態を能動的に展開しているのでないかと思われる事象が散見される。
(US Approves Transfer of Thousands of More Bombs for Israel)
たとえば4月2日に、ガザ市民に食糧を配っている国際支援団体「ワールドセントラルキッチン(WCK)」の自動車隊列をイスラエルがおそらく意図的に空爆し、乗っていた英米豪ポーランドなど欧米人の支援要員7人を殺した事件。
車には屋根などにWCKと大書してあり、車の通行ルートも事前にイスラエル軍に知らせてあった。なのにイスラエル軍は無人機で車を空爆して見事に命中させ、屋根に大穴を開けて7人を殺した。どうてみても意図的な殺害だ。
イスラエルは、ガザ市民が飢えてエジプトに出て行かざるを得ないようになることを望み、ガザで活動する国際支援団体に嫌がらせや攻撃をしてきた。
自国民が殺された欧米諸政府がイスラエルを非難し、ネタニヤフは(一応)謝罪し、担当の軍幹部を更迭した。だがネタニヤフは同時に「戦争とは無実の人が死ぬものだ(だから仕方ない)」と発言し、豪州の首相らが「殺害に至った経緯の説明が不十分だ」と怒った。
ポーランドの大統領が「これは意図的にしか見えない」と言ったところ、駐ポーランドのイスラエル大使(Yacov Livne)が「その決めつけ発言はユダヤ人差別だ」と逆ギレして非難し返した。
ポーランドはかつてユダヤ人が多く住み、ユダヤ人差別が多かったので、この発言が出たのだろう。都合が悪くなると差別だと逆ギレを演じる。両国関係が劇的に悪化した。
ネタニヤフも駐ポーランド大使も超強気だ。まるで、わざと欧米と喧嘩しようとしているかのようだ。
(Diplomatic spat erupts between Poland and Israel after WCK killings in Gaza)
イスラエルはハマスやイランとの戦争で窮地に陥り、欧米やNATOからの軍事的・政治的な支援が非常に重要になっているのでなかったか。
ウクライナに隣接するポーランドは、NATOをウクライナ戦争に引きずり込んでおり、米国の兵器弾薬をポーランドとイスラエルで奪い合っている感じだ。イスラエルはポーランドを怒らせ、奪い合いを激化させている。
最近、ブリンケン米国務長官が訪欧して「いずれウクライナをNATO加盟させる」というのと「市民を殺し続けるとイスラエルはハマスと同じ(米国の敵)になる」という2つの爆弾発言を連続的に発した。米国は(発言上)イスラエルから離れてウクライナ(ポーランド)に寄っている。
(現実として、ウクライナがNATO加盟することはないし、選挙の年に再選を狙う米政権がイスラエルへの兵器支援を止めることもない)
(US, its allies understand Ukraine will never join NATO)
(Blinken: Israel Becoming ‘Indistinguishable’ From Hamas)
要点は、イスラエルがこの展開を意図的に引き起こしていることだ。イスラエルは今回の戦争で、パレスチナ問題(2国式)を、米欧覇権や、米欧覇権の戦略だった「人権外交」「人道外交」の構図もろとも破壊しようとしている。
「人道」の側面から見て、無数のガザ市民を虐殺したイスラエルは極悪だ。国家として潰れるのは当然の報いだ。
だが、そのイスラエルは、米上層部や諜報界にスパイ的なシオニスト人材を多数送り込み、米覇権運営の根幹を握っている。イスラエルに逆らう政治家は再選が難しくなる。
イスラエルは米中枢に深く刺さっており、抜けない。しかし今、イスラエル自身が、荒っぽく、それを引っこ抜こうとしている。自らすごい人道犯罪を起こすことで。ペンチで親知らずの歯を無理矢理に抜こうとしているみたいな。歯でなく、顔自体(つまり米覇権)が壊れてしまう。それを意図的にやっている。
(Biden threatens US policy shift on Gaza war as Israel braces for Iranian reprisal)
イスラエルは今回の行為によって米覇権を潰すことで、世界の多極化や非米化に貢献し、きたるべき多極型世界における自らの地位を確保しようとしているのでないか。それが昨秋来の私の推測だ。最近の状況を見て、私は自分の見立てが間違っていないと感じている。
そんなはずはない!!。非米側の一部であるアラブやイランやイスラム世界全体が、イスラエルによるパレスチナ人虐殺を永久に許さないぞ。許さないぞ。許さないぞ。そんな叫びや呪詛が、親イスラムやリベラル派やその他の人々から聞こえてくる。
(消されていくガザ)
「あるべきだ論」でいうと、そのとおり。呪詛ごもっとも。しかしイスラム世界でもそれ以外でも、イスラエルを制裁して本気で困らせている国は一つもない。
エルドアンはネタニヤフに「死ね」と言ったが、口だけ。トルコは、イスラエルとの貿易をむしろ拡大している。イスラエルと国交を持っているUAEやエジプトは昨秋来「いずれ国交を切る」と(歪曲)喧伝されているが、いつまでも国交を切らない。早く切る「べき」だ。
イスラム世界は、メディアや市民運動、政府の宣伝部門だけがイスラエル敵視だ。それと、イスラエルと関係希薄な諸国。
(Oil Surges Over $90, Stocks Tumble After Israel Puts Embassies Around World On Maximum Alert)
イランはどうだ。今にもイスラエルと戦争しそうな感じだぞ。しかし、たぶん両国が実際にやる戦争は今後も小競り合いの範囲を出ない。小競り合いでも戦争だと喧伝される。この喧伝は、石油ガスや穀物、金地金などの資源類の相場を高騰させる。そっちの方が目的だ。
すでに世界的に、資源類の利権の大半は非米側が持っている。資源高騰は、米欧覇権の低下を加速する。米経済覇権(ドル)の仇敵である金地金は最近、頻繁に史上最高値を更新しており、これからも上昇傾向だ。
(US Urges Tehran Not To Target American Bases If It Retaliates Against Israel)
親イスラエルなプーチンのロシアが、イスラエルのイラン大使館空爆後、イスラエルを強く非難し始めた。シリア軍を長く支援してきたロシアは、レーダー網でイスラエル軍の動きを把握しているのに。
急にどうしたのかと思っていたら、同時に「ウクライナに無人機で破壊された巨大な製油所の修繕が、米欧による制裁で補修部品が足りないので進まない(だから石油価格がもっと高騰するよ)」とも言い出した。
要するにロシアは、イスラエルとイランの対立激化を使って石油相場を急騰させたい。急騰に拍車をかけるため「うちも製油所を修理できない」と騒いでいる。実際のロシアは、国内や非米諸国内で補修部品を調達できる。
(Russia Is Struggling To Repair Refineries Due To Sanctions)
イスラエルとイランとの戦争状態(と喧伝される小競り合い)はずっと続き、石油ガスなど資源類が高騰したままになる。資源類の世界利権をすでに握っている非米側は、相互に資源を融通しあうので大して困らない。
対照的に、米国側(先進諸国)はインフレがひどくなり、経済難が加速する。インフレはもう3年ほど隠蔽されつつ続いているが、今後もずっと続き、米国債の金利上昇(国債価値の下落)になっていく。
(Saudi Arabia Hikes Oil Prices In Increasingly Tight Market)
ガザは支援食糧が届かなくなり、飢餓がひどくなる。ガザが消失を目標にするイスラエルは、ガザ市民が全員餓死しても困らない。「それは極悪な人道犯罪だぞ」。そのとおり。イスラエルは以前から極悪な人道犯罪国家だった。これ以上失うものはない。
ガザ市民を餓死させるか、エジプトに逃がすか。それは米欧が決めることだ。真の人道重視者なら、エジプトに逃がすはず。だが米欧(英国系)は実のところ、ガザ市民の生命より、パレスチナの大義保持(によるイスラエル阻害)の方が重要だ。だから、まだラファ国境が開いてない。
(Almost impossible to deliver aid in Gaza, say top charities)
しかし、これから時間が経つほど、ガザ市民がどんどん餓死していく。イスラエルは困らない。米欧はいずれ、ラファ国境を開けざるを得なくなる。イスラエル軍がラファを大攻撃しなくても、ラファは開く。
ガザ市民が大挙して移住すると、エジプトの政権が今の米傀儡軍事政権からムスリム同胞団=ハマスの政権になる転換が前倒しされる。ハマス自身(ガザ市民の多く)と、同胞団(AKP)が与党のトルコは、それを望んでいる。イスラエルもそれで良い。
(UN expert: Israel is engineering famine in Gaza)
極悪非道なイスラエルのこの策略は、意外に効果がある。レバノン南部では、住民15万人のうち10万人がすでに北上して避難した。みんなガザ市民のようになりたくない。イスラエルは、ヒズボラと小競り合いしかしていないのに、住民をどかすことができている。
イスラエルは、ヨルダン川西岸のパレスチナ人を弾圧して、東岸のヨルダンに追い出すことも画策している。西岸は、まだガザのような全破壊の事態になっていない。だがイスラエルは、ラファが開いてガザが「片付いた」あと、西岸で同様のことをやり出す。
(As Strikes Escalate, 100,000 Estimated to Have Fled from South Lebanon)
「人道」を捨てたイスラエルは、シオニズム完遂のために簡単に人を殺す。恐怖にかられた西岸の人々が、ヨルダンに移っていく。パレスチナ全体が消失(民族浄化)してイスラエルのものになり、虐殺の末にシオニズムが完成する。
EUではスペインが、西岸のパレスチナ自治政府(PA)を正式な国家として認めてテコ入れする反イスラエル策を採ろうとしている。しかし、EUを従属させている米国はイスラエルに牛耳られており、イスラエルによる虐殺を傍観する。
スペインのPA承認は無意味であり、人道擁護演技の自己満足にすぎない。やるならNATO(対米従属)を離脱してからに「すべき」だ。
(Spain To Recognize Palestinian Statehood, Calls On Western Allies To Follow Suit)
人道重視の名目で世界の国々に介入して覇権を維持する策略(人道外交、人権外交)は、第2次大戦で英国が発明し、戦後の米英覇権の戦略の中心になった。米英は、言うことを聞かない国の野党を加勢して内紛や弾圧を誘発し、人道支援の名目でNGOなどをその国に入れてスパイ撹乱させ、政権交代に持ち込む策を好んだ。
米欧の人道重視は、非米側にとって「良い」ことでない。人権外交を好む米欧のリベラル派は、米英覇権の「うっかり傀儡」である。
(人権外交の終わり)
ロシアや中国の政権は、この米英の策で脅威を受け続けてきたので、この策が消失すれば良いと思っている。イスラエルは、そうした中露の願望に呼応している。
今の非米化や、コロナ以来の米欧リベラル派のトンデモ化の流れから見て、たぶんイスラエルよりも先に、米欧のリベラル運動の方が自滅していく。それは非米側にとって良いことだ。こんなふうに書くと、またもや呪詛を投げつけられるだろうけど。