関東大震災下での、福田村・田中村、流山市における虐殺に関する流山市長答弁
2023-09-08 17:01:06 テーマ:読者からの投稿

阿部 治正
本日の流山市議会における、関東大震災下の虐殺事件に対する一般質問への井崎市長の答弁は、これまでの幾つかの自治体首長の答弁の中でも最良のものであったと評価できます。
私からの、関東大震災下での関東一円での虐殺、福田村・田中村における虐殺、流山市における虐殺、何よりもこうした事態を二度と引き起こさないために、これらの事実を掘りおこし、記録し、教訓を後世につないでいかなければならないのではないかという質問の第1問に対する答弁は、以下の通りです。
「私(井崎市長)から、1.関東大震災に関しての市長の歴史認識を問うについての(1)から(4)について、関連がありますので、一括してお答えします。
まず、答弁に先立ちまして、福田村事件をはじめ、当時の流山町で発生した殺害事件、また関東大震災後に起こった虐殺事件で亡くなられた方々や被害に遭われた方々に対しまして、謹んで哀悼の意を表します。
大正12年9月1日の関東大震災発生後に、関東各地で朝鮮人などが放火や井戸に毒を投げ入れたという流言飛語が広まり、多くの方が虐殺されたという事については、歴史的な事実として認識しています。
当時は、震災後の混乱の中にあったと推測しますが、いかなる理由があっても、殺していい命はあるはずがありません。
この教訓については長く後世に伝え、二度と同じことが起こらないように努めていくことが求められています。
また、震災発生5日後の大正12年9月6日に現在の野田市である旧福田村において、朝鮮人と間違われた妊婦を含め9人の日本人が虐殺された「福田村事件」についても非常に痛ましく、関東一円であった虐殺事件同様、決してあってはならない事であります。
最後に、当時の流山町で発生した朝鮮人に対する殺害事件については、当時の記録に朝鮮人1名が虐殺されたという記述が残されています。この事件について、これまで市民の方々が情報収集や取材、当時を知る人から聞き取りを行うなど、行政だけではできないような記録の編纂にご尽力を頂いていることに深く感謝申し上げます。
虐殺事件における歴史事実を掘り起こし、集団ヒステリーの恐ろしさや人権、そして命の大切さについて考える機会となり、非常に重要であります。
流山市では、小・中学校における人権啓発活動を始め、市民向けの人権講演会などで、人種差別のない世界に向け人権啓発活動を実施しています。
今年度は12月に人権講演会の開催を予定しています。人権擁護委員会や法務局、そして、市民の協力を得ながらこの虐殺事件を検討しているところです」。
〈私、阿部の〉再質問として、いわゆる流言飛語と言われているものの発信源は、当時の政府と軍にある。内務省警保局の電信文が出所で、それが府県知事、各郡役所、市町村役所を経由して、自警団などに伝えられ、虐殺を引き起こした。この事実について市長はどのように考えるか、についても質問しました。
井崎市長の答弁は次のようなものでした。これも、これまでのどの首長も発言し得なかったことで、ある意味画期的なことではないかと考えています。
(井崎市長)「当時の混乱の中、国がこれらの誤った情報を意図的に発信し、流布させたことは、歴史的な事実として認識しています。今後、国やマスコミの情報を冷静に見極め、私たち一人一人が〇〇〇(書き取りできず)にならないようにしていかなければならないと考えています」。