やりすぎた人類 地球史に爪痕、新年代「人新世」検討
日経新聞 2023年2月18日 2:00 [有料会員限定]
80億人に達した人類の影響はあまりに大きかった。その活動で世界はプラスチックやコンクリート、温暖化ガスであふれかえり、地球の環境は激変した。人類の行き過ぎた振る舞いを地球史に記す必要があるとして、新たな時代「人新世(じんしんせい)」を定めるべきだとの声が強まっている。
人類が残した爪痕は深い。イスラエルのワイツマン科学研究所は人類が生産した人工物の総量が生物の量を上回ったようだと2020年の英科学誌ネイチャーに発表した。
20世紀初頭に生物量の3%にすぎなかった人工物がこのまま増え続ければ40年までに3兆トンを超え、生物量のほぼ3倍に達する見込みという。
地球が人工物であふれる現状は、46億年前に地球ができて以来の激変期だ。地質学者は人類の活動が地層に痕跡を刻み始めた時期を記録すべきだと受け止めた。
議論の行方は、地球上で生物の進化と絶滅、環境の変化がおりなす地質年代に「人間活動の影響」を加えるかどうかが焦点になっている。
地質年代は地球のこれまでを知る物差しだ。恐竜が栄えたジュラ紀や白亜紀を含む中生代、その後に哺乳類が繁栄した新生代がある。
現在は新生代をさらに細かく分けた第四紀の完新世にあたる。寒冷な氷期と比較的暖かい間氷期を繰り返し人類が進化・拡散した第四紀のなかで、完新世は直近最後の氷期を終えてから続く時代だ。1万1700年前から現在までの期間となる。
ところが2000年、オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞した故パウル・クルッツェン博士らが、今の人類は増えただけでなく地球を変えすぎたとして「もはや完新世と区別すべきだ」と口火を切った。新たな年代を人新世と呼び、人類の影響力が増した時代と定義した。
人類の活動は各地に色濃く残る。別府温泉で有名な大分県別府市の前に広がる別府湾。海底の地層に約80の人類活動の痕跡が眠る。
東京大学の横山祐典教授や愛媛大学の加三千宣准教授らが突き止めただけでも、1950年代に海外の核実験で出たプルトニウムのほか、化石燃料の炭素や肥料の窒素、海の富栄養化などの影響を受けたカタクチイワシのうろこなど経済活動で生じた物質が残っていた。2022年12月、地球科学の論文誌に報告した。
地質年代は地質学者による国際地質科学連合(IUGS)が正式に定める。別府湾に関する研究成果もIUGSの作業部会は把握する。
別府湾の地層は「人新世」を象徴する候補地の1つ=東大・横山教授提供
最大の関心は人新世の始まりをいつにするかだ。作業部会は人口増加と工業化、グローバル化の加速が地層に明確な痕跡を残し始めたのは1950年ごろが節目だったとにらんだ。
地質年代を決めるには時代の変わり目を象徴する地層の指定が要る。実際に別府湾を含む世界12地点が候補に挙がった。
米サンフランシスコ湾はグローバル化で侵入した外来種の貝などが生態系を乱した痕跡が特徴だ。主な指標である核実験で出た微量の放射性物質は南極の氷床にもある。オーストリア・ウィーンの美術館前の広場では、2019年からの改修工事の際に放射性物質やコンクリート、プラスチックが地下から見つかった。イタリアの洞窟も候補になった。
候補は9カ所に絞り込んだ。IUGSは早ければ24年にも1カ所を代表地に決めるとともに人新世を新たな地質年代に定める予定だ。
ただ人類の影響は地球の46億年の歴史と比べると極めて短い。「一時的な出来事にすぎず、年代にするほどでもない」と新たな時代の認定に慎重な学者もいるという。
人類の繁栄とおごりの歴史を表す人新世が地球史に刻まれたとき、その時代は永遠に続くのだろうか。人新世の終わる理由が、地球からの手痛いしっぺ返しや人類の過ちであってはならない。
人新世の創設で人類は未来に向けて重責を担う。結末は、今を生きる私たちの手にかかっている。
(北川舞、福岡幸太郎)
- 小平龍四郎 日本経済新聞社 上級論説委員/編集委員
- 分析・考察記事のなかで「人類の影響は地球の46億年の歴史と比べると極めて短い」とあります。その「きわめて短い」期間の人類の活動によって、今や「20世紀初頭に生物量の3%にすぎなかった人工物がこのまま増え続ければ40年までに3兆トンを超え、生物量のほぼ3倍に達する」までになってしまいました。人間が地球に与えた負荷の大きさが分かります。資本主義再定義やサステナビリティの議論も、土台の部分にはこうした認識があるのだと思います。私が「人新世(アントロポセン)」という言葉を初めて聞いたのは、オランダの資産運用会社の人からでした。
- 2023年2月18日 11:41 (2023年2月18日 12:14更新)