今まで、「人は最終的には“人間”っていう観点から分かり合える」って思ってました。
国とか文化とか政治とか宗教とか、そういう付随するものを一切取り除いたとして、
核になる部分は共通すると、そう信じていました。

でも、そうじゃないかもしれない、と思うようになりました。
現実を知ったというか。

別に何か自分の身に起きた訳ではないのですが、
最近読んだ本と観た映画からふと思ったんです。

引き続き、宮部みゆきさんの書籍を読んでいて、今は『模倣犯』を読んでるところです。
これ、単行本で1~5巻まで出てて、かなりのボリュームです。
その中でとても印象的な言葉があってので、引用したいと思います。


“本当の悪は、こういうものなんだ。理由なんかない。

だから、その時襲われた被害者はーこの場合は気の毒な梅田氏だーどうしてこんな目に

あわされるのかがわからない。納得がいかない。なぜだと問いかけても、答えてはくれない。

恨みがあったとか、愛情が憎しみに変わったとか、金が目当て
だったとか、

そういう理由があるならば、被害者の側だって、なんとか割り切りようがある。

自分を慰めたり、犯人を憎んだり、社会を恨んだりするには、根拠が必要だからね。

犯人がその根拠を与えてくれれば、対処のしようがある。

だけど最初から根拠も理由もなかったら、ただ呆然とされるままになっているだけだ。

それこそが、本物の「悪」なのさ”


ここを読んだ時、まさに私が感じてる気持ちを代弁してくれてる!と思いました。
そうなんですよ、「理由がない」。これが「悪」なんだと思います。

最近、サスペンスを読み続けてるからかもしれませんが、どうしても物事に「理由」を
見つけたがる傾向がありました。加害者がしたことは決して許されることではないけれど、
物語の中では共感してしまう一面があったりすることが多かった。

でも、この『模倣犯』の犯人は違うんですね。冒頭で言った、「人間の観点」を超えてしまっている。
次元が違う。尺度が違う。そんなイメージです。

世の中、色々な事件・事故が多発してますが、「理由がない」ものも多いと思います。
それこそ、本当の「悪」なのではないかと、考えさせられました。

何だか、重い内容になってしまいましたが・・・
あまりにも『模倣犯』が強烈過ぎて、書かせてもらいました。
読んでるうちに苦しくなってくるんだけど、今4巻まで来たので読み切りたいです。

わずか数ページの作品。


太宰の作品は、教科書にあった『走れメロス』以来。


『人間失格』を読んでみようと思って購入した小説に、この『桜桃』という作品も入っていました。


「子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親の方が弱いのだ。」 ここの一言に全てがつまってるような気がしました。


作品の中での男は客観的に見て、酷い。


亭主としても、親としても。しかし、読み手にそう思わせながらも、葛藤が伺える所が凄いなと思いました。


「と思いたい。」と、自分を納得させるような、正当化するような…本当はわかっている。


「子供の方が親より大事」であるべきだということを。


太宰の、「親」としての責任と、「自己」としての主張が見事に集約されてるなと思いました。


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宮部みゆきさんの本を4月に入ってからかなり読んでいます。
名前は聞いていたけど、読んだことがありませんでした。
最近はサスペンス系の小説を読みたく、それをきっかけに
宮部さんの本を手に取ってみたら見事にはまりました。

ちなみに読んだ本は

・理由
・龍は眠る
・火車
・魔術はささやく
・我らが隣人の犯罪
・R・P・G
・クロスファイア
・本所深川ふしぎ草紙(今読書中)

さっき『クロスファイア』を読み終わったんだけど、うーん・・・深かったなと。
やっぱり期待を裏切らなかったなと、思いました。
これ、2000年に映画化されてるので映像の方でも見てみたいと思ってます。

宮部さんの作品のどこに惹かれるのか一言で言うと、
登場人物一人ひとりに共感する点があり、
結果、その人物に愛着がわくということ。

主人公しかり、犯人しかり、ちょい役の人しかり。

それって凄いことなんじゃないかって思いました。
それを感じたのが、同じくミステリー系の乃南アサさんの
『幸福な朝食』を読んだ時です。

正直、『幸福な朝食』に出てくる登場人物に誰一人愛着が湧きませんでした。
残念ながら、主人公でさえも。だからただただ読んでて苦しくなってしまった。
結局、主人公は報われないんだけど、なんだかその虚しさだけが
読み終わった後に残った感じで。

それを感じた時、宮部さんの作品を読んで感じる印象は別格だったんだなぁと
思い至りました。

人間の弱さ、悲しさ、残酷さ等の心情を本当に細かく描写され、
その一方で、人間の良心や人情、愛情も描かれてて、そのバランスが
凄いなといつも感心してしまいます。

角田光代さんに続き、またお気に入りの作家に出会えて嬉しいです。
これからも宮部作品を読んでいきたいなと思っています。

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今の所、一番衝撃的だった作品は『火車』でした。
2011年に上川隆也と佐々木希主演でドラマ化されてたみたいです。
これは残念ながらDVD化はされてないみたいで

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その代り、韓国映画で『火車Helpness』っていうのがあるみたいなので、
時間があったら観てみようかと思います。

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「サクラダ・ファミリアは何故いつになっても完成しないんだろう?」

けっこう昔からの疑問だった。

スペインという国へはまだ行ったことがありません。
ヨーロッパの中でもイタリアと似てラテン系だし、陽気で明るい感じのイメージ。
いつかは行ってみたいなぁって思ってます。


友人のつぶやきで、『特別展 建築家 ガウディ × 漫画家 井上雄彦』展たるものが
催されることを知りました。まず飛びついたのが、「井上雄彦」さんの方。
その後について、ガウディって感じでした。

正直、ガウディがどんな人でどんな作品を残してるか知りませんでした。
絵画はある程度の有名人は知ってるつもりだけれど、建築家はイマイチ・・・

それでも行ってみたいなぁと思い、思い切って行ってきました。


感想は、一言でいうと “発見” でした。
それは、作品自体にも、井上さんにも、ガウディにも、そして自分自身についても。

ガウディにつていは全くの無知の状態で行き、漫画家 井上雄彦という人のバイアスを通して
一人の建築家がどんな人物だったのか、どうやって作品を作りあげていったのかがわかりました。

おそらく、全世界で何度と「ガウディ展」は開かれてきたと思うんです。
その中でも、今回はあくまでも漫画家の井上雄彦とのコラボレーションということで、
とても親近感がわくというか、とっつきやすい展覧会になっていると感じます。

実際にバルセロナに住み込んで作成をしていて、その映像はコチラにです。↓




展示内容は1章(幼少期~)、2章(成熟期~)、3章(晩成期~)という感じで別れてます。
ガウディの少年時代は「トネット」という呼び名だったみたいで、すでにリュウマチを患ってたそうです。

井上さんの作品で、瞳が青い人物は見たことがなかったので、トネット少年の画はとても印象的でした。
トネット少年が、自然の中で「草や木は自分で立ってるのに、どうして僕はひとりで立てないんだろう・・」
とつぶやく画があったんだけど、ジーンときてしまいました。

世界的に有名な著名人や成功・名声を得ている人も、何かしら「影」の部分を
もっているんだな、と。そしてその影が逆にその人の魅力にもなるのかなと感じました。


たくさん綴りたいことがあるんだけど、キリかないので
印象に残っているもの2つ紹介。

1つは、会場に設置してある“ガウディ作の椅子”。
自由に座れるんだけど、これがめちゃくちゃ座り心地が良くてびっくり!!

木製なのに、まるでソファーに座ってるような感覚になりました。
こういう「体験」が出来る工夫がいくつか施されているのも、この展覧会の魅力の一つだと思います。

もう一つは、最後の出迎えてくれる作品です。
井上さん自身が紙を漉いた和紙(巨大!!)で描かれたもので、その壮大さいに圧巻でした。

和紙を作成する所も映像であるので、よかったらドウゾ↓






まだまだ魅力はたくさんあるのですが、自分の感性も刺激された良い経験になりました。
美術とか芸術とかって、生きる上で必要不可欠ではないけれど、
人生を豊かにする、彩りを添えてくれるものであることは間違いないかなって


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最後に、冒頭につぶやいた一言の答えがわかりました。

「神は完成を急がれてない」
そう、ガウディは言っていたようです。

そうか、って思いました。完成形にこだわっているから「まだ?」って思ってしまってたけど、
何もそうじゃなくてもいいこともあるんだかって、初めて感じました。

完成は2026年!!まだまだ先だけど、未完成の時も完成した後も
見に行けたらいいな


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『特別展 ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉-』
オフィシャルHPはコチラ

開催は東京は9/7までで、その後は金沢、長崎、神戸、仙台を巡回予定です

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