初任地は北海道のある都市だった。
よき先輩方に囲まれ初めての管理薬剤師件学術。
になるはずだった。。。
薬剤師国家試験に落ちたのだった
。
当時お付き合いしていたクラスの上から2番目の人と勉強していたが他人がこつこつ積み上げてきたものを一緒にいるからと言って容易く手に入れられないのだ。たくさんの人に迷惑をかけながら、たった3か月で北海道を後にし、大学のあった仙台に転勤となる。
針のむしろ![]()
1年間仕事をしながら勉強し何とか合格して、そのままその地に居続けることとなった。この時の勉強は理解ではなく、繰り返し繰り返し同じ問題集をただ解き、ただ暗記しただけ。もったいないことをしました。
仕事は製薬メーカーの商品を説明会で行うことやMRさん(営業)の教育担当。最初はメーカー側が用意する資料を使っていたが、求められることと違ってると感じて、その時の先生方の興味のありそうな文献を読んだりしてオリジナルで説明会を行っていた。また応援団の時の経験から飲めはしないが飲み会要員としては重宝されるため、説明会やその後の会食などには同席することが多かった。
そんな中、母の乳がんが見つかった。正確にいえば医療ミスなので2年前には乳がんになっていたのだが。
山形での説明会のあとの接待の場で男前のうるのせんせい
に母のことを相談した。すると。。。
『自分で医者になって、おかあさんを助けてあげればいいじゃん。
一度は医学部に入りたいと思ってことあるんでしょ。
一度でも”医師になりたい”って思った人は、一生そう思うもんだよ
だったら、勉強したらいいじゃん』
一度でも医師になりたいって思った人は一生そう思う・・・
そうなんだ
じゃあやるっきゃないよね![]()
出張より戻ったら、再受験の勉強開始したのでした。