過日、かねてより歩いてみたいと思っていた街を訪れる機会に恵まれた。
積年の想いを抱きつつ列車から降り立ったのは、佐賀県の鹿島市にある肥前浜駅。
この駅の近くには、かつての長崎街道脇往還である多良海道の肥前浜宿があり、往時の面影を色濃く残す通称「酒蔵通り」が、「鹿島市浜中町八本木宿」として2006年に国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されている。

重伝建は全国で129地区が選定されているが、地区の種別が「醸造町」となっているのは、和歌山県湯浅とここだけ(このほか、福島県喜多方が「在郷町・醸造町」という種別で選定)。
そうした土地柄からか、鹿島市と隣の嬉野市の酒蔵さんなどで構成される酒蔵ツーリズム推進協議会が全国に先駆けて組織され、毎年3月に行われる合同蔵開きに参加した酒の師匠から是非とも訪れてみてはと薦められて以来、憧れの土地となっていた。
実は鹿島市はおろか、これまで佐賀県を訪れたことがなく、平日にまとまった休みを取ることができたのを機に、私にとって最後の未泊県となっていた佐賀県に泊まり、鹿島市を訪ねると決めたのだった。
駅舎内の観光案内スペースでマップをもらい、駅前をホウキで掃いている高齢の男性に酒蔵通りの方角を尋ねると、「その地図を反対に(天地逆さまに)してもらってですね」と見やすいよう教えて下さった上で、マップ上のルートと視線の高さの方角を交互に指で差しながら、最終目的地の幸姫酒造さんまでのおすすめコースを丁寧に伝えて下さる。
お礼を述べると、「どちらからですか?」と訊かれたので、東京からと伝えると、「ありがとうございます」との言葉をいただき、思わず「こちらこそ、来ることができてありがとうございます」と積年の想いが混じった誰への感謝か分からないセリフが口をつく。
駅前から伸びる通りを5分ほど歩くと、まず最初に「鍋島」で有名な富久千代酒造さんの建物が右手に現れ、佐賀県酒蔵巡りスタート。

普段は蔵の公開は行っていないが、酒蔵ツーリズムの合同蔵開きでは蔵内で呑むことのできるチャンスを求めて早朝から列ができると聞く。
いずれ合同蔵開きの日に合わせて再訪したいと思いつつ、今回は憧れの街をゆっくり歩きながら、酒蔵を眺めて廻めることに集中したい。
富久千代酒造さんから2分ほど歩いた突き当たりが酒蔵通りで、すぐ右手には飯盛酒造さんの建物が目に入る。


かつて「乾杯」という銘柄の日本酒を醸していた蔵で、現在は酒・粕漬けの販売を行っており、その関係か店頭には「鍋島」の文字が見える。
反対方向に目をやると、日本酒・醤油を醸す蔵や、酒蔵さんが経営する飲食店・宿泊施設が軒を連ねている。

飯盛酒造さんから2分ほど歩くと、肥前浜で最も長い歴史を誇る中島酒造場さん(主要銘柄「君恩」)があり、さらに数十メートル進むと光武酒造場さんの前に立つことができる。
雨予報の平日のせいか観光客の姿はまばらで、憧れていた街の風景をゆっくり眺めることができ、嬉しさと感謝の気持ちがこみ上げる。

さらに3分ほど進んで呉竹酒造さん(現在は酒づくりを行っていない)の構えを見てから踵を返し、来た道を先ほどより時間をかけて戻る。
予報に反して雨に降られることはなく、時折陽が射す絶好の散策日和になったことに感謝しながら飯盛酒造まで戻り、先ほど駅前で教えていただいたルートで次の目的地を目指すことにした。
(つづく)
