【172】からのつづき
松本駅の改札を通り、構内線路を跨ぐ通路を歩いて1番西寄りにあるホームに降りると、この電車が発車を待っている。
アルピコ交通に1本だけ残った元・京王井の頭線3000系の3000形で、かつて上高地線を走っていたモハ10形の塗装を再現したリバイバルカラー編成。
昨年9月に松本を訪れた際に目にして、まだ活躍しているのだと嬉しくなったが、2025年3月9日に定期運用から退くことが決まった。(昨年9月の話は↓) 恐らくアルピコ交通3000形に乗るのは、これが最後になるだろうと思いながら、空いた車内に入り車端部に腰掛ける。
車内には、3000形のこれまでの活躍への感謝を表す掲示がなされており、前頭部にもヘッドマークが掲げられている。





電車は松本駅を出ると、右にカーブを切り西松本に停まってから薄川を渡り、渚、信濃荒井と客を数人ずつ降ろしながら進む。
沿線には、カメラを構えた方々がそこここにいて、3000形の勇姿を記録している。
そんなことを思い出しながら、つり革を見上げると、5000形で目にしたのと同じ井上百貨店の会員誘致広告のカバーが付けられている。

井上百貨店は、松本駅前にある中信地方を代表するデパートだが、この3月末をもって閉店することが決まっている。
4月以降は、松本市に隣接する山形村の大型商業施設「アイシティ21」の百貨店棟と統合して新たなスタートを切るとともに、現在の店舗近くにワンフロアのサテライト店を開く予定となっているが、長年にわたって駅前で存在感を示してきた井上本店は姿を消す。
時をほぼ同じくして、松本市内から姿を消す「PARCO」「井上」「3000形」。
春まだ浅き松本平を走る3000形電車に揺られながら、時の流れに想いを致していると、わずかに雪の残る新島々駅に到着。

駅前に出ると、白骨温泉・乗鞍高原からのバスが2台到着したところで、切符売り場に長い列ができている。
見たところ、すでに改札を通った客を含めて、約70人がバスから電車に乗り継ぐようだ。
今でも都内の駅前などでバス停にできている乗客の列の人数をまず感覚で捉え、そのあと目で検算するのが無意識のクセになっているが、その習性の基礎は30年前のこの駅で培った。
社会生活に全く不要な特技の話はともかく、この人数が先ほど乗ってきた3000形の2両編成で松本に向かうとなると、座席の7割近くを埋めた状態で新島々を発車し、4駅目の森口あたりからは立ち客も出るに違いない。
夏のトップシーズンには、この数倍の乗客が列車の発着ごとにバスとの乗り継ぎを繰り広げ、それにまつわるドタバタやトラブル対応に追われたあの頃を懐かしんでいると、バスの客が次々と改札を通って電車へと向かっている。
遅れを取るまいと、松本駅で購入したフリー乗車券を駅員さんに示してホームに上がり、無事3000形の車端部シートに腰を降ろした。
(おわり)