過日、熊本で一杯。
向かったのは熊本市内の繁華街に位置する花畑町のビル2階にある「うまか屋」さん。
動き始めた夜の街の気配を背中に感じながら階段を上がり店の戸を引くと、奥からお二人の女性が出てこられたので予約時の名を告げ、案内されたカウンター席に腰を降ろす。
美人母娘が営むこちらのお店は、BS11「太田和彦日本ふらり旅 新・居酒屋百選~熊本編~」で2019年に紹介されているのを観て、機会があればぜひとも訪れたいと思っていた。
入店前に冷たい飲み物数杯を呑んで腹が冷えていたので、最初に芋焼酎のお湯割りで体を温めつつ、お通しの辛子レンコンやモズクなどをいただきながら、馬刺しの到着を待つ。
右側の300ミリボトルは、熊本県は通潤酒造さんの純米吟醸「ソワニエ」で、軽快にしてしっかりした旨みがあり、お通しの馬肉しぐれ煮にもよく合う。
日本酒をチェイサーに焼酎お湯割りとは、行儀が悪いというか酒呑みの末期症状だが、今夜は念願の「うまか屋」さん訪問が叶ったので、格好つけずに好きに呑りたい。
念願叶ったといえば、熊本県内に泊まるのも初体験。これまで何度か熊本を訪れているが、宿泊は福岡や鹿児島になることが多く、私にとって日本国内に2県残った「未泊県」になっていた。
ちなみにもう一つの未泊県は佐賀県で、こちらも足を踏み入れたことがあるものの、宿泊は福岡や長崎になるパターンが多い。
娘さんに最近の熊本のお話などをうかがっていると、女将さんが捌いて下さった馬刺し盛り合わせ(ハーフ)がお出まし。

レバ刺、赤身、たてがみ、霜降りが盛り込まれており、初めて食べる馬の生レバーを口に入れると、サクリと割れた組織の中から旨みが口の中に広がり、ソワニエを合わせると心も体もとろけそう。
かつて、あちこちの店で低温調理ではない生のレバ刺を出していた頃、日本酒を合わせると苦みが強まったり臭みが立ち上がることが多かったが、こちらの馬レバ刺は新鮮そのもので、旨みを残しながら舌の上から喉に流れてゆき日本酒を引き立てる。
続いて赤身をいただくと、トロリと舌に絡みつくような妖艶な肉感と味わいがありながら、弾けるような張りと甘みも伴っていて、いつまでも舌と脳で楽しんでいたくなる。
一旦お通しで気持ちを落ち着けてから、たてがみの濃厚な味わいとともに芋のお湯割りを飲み干し、2杯目の焼酎は熊本名物の米焼酎の中からおすすめのこちらを。

最後に霜降りをいただき盛り合わせをひと通り味わい終えると、馬刺しに対する価値観、というか馬をいただくことへの人生観が変わったのを感じる。
「ウチは昔からいいものしかお客さんには出さないですからね」と、先ほどまで柔らかい口調だった女将さんが、これだけは譲らない、といった口ぶりで真っ直ぐにお話されるのを聞きながら、あぁ九州で吞んでるんだなぁ、との実感があらためて盛り上がり嬉しくなる。
10日前に松本で馬刺しを食べ損ね涙を飲んだが、信州の怨みを肥後で晴らしたとの気持ちになる。

熊本で明かす初めての夜を「うまか屋」さんで過ごすことができたことに感謝してお会計。
足取り軽く階段を降り、夜の深まり始めた熊本の繁華街を、女将さんに教えていただいた店を目指してのんびり歩いた。