信州で新そば | 酔いどれパパのブログ

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「お風呂」と「酒」と「路線バス」に関する駄文を書き連ねております。

(前ページからのつづき)


軽い二日酔いでホテルをチェックアウトすると、目の前には2025年2月の閉店が決まった松本PARCOが朝の陽光に輝いている。

30年近く前、松本での生活を始めた翌日、春まだ浅き信州の夕方の寒さに驚いて駆け込んだPARCOの店員さんに「これ東京で流行ってるんですよ」とすすめられ、「流行ってねえょ」と心の中で呟きつつ、ピーコートを買った記憶が蘇る。

今朝の駅前の気温表示は5度を示しており、そこそこ寒いはずだが、あの頃ピーコートで歩いた4月の松本より暖かく感じられるのは、当時より体重が10キロ以上増したせいだろうか。
改札を抜けアルピコ交通上高地線のホームに降りると、こちらの電車が発車を待っている。
3月に営業運転を開始した20100形の第2編成で、サッカー松本山雅FCのヘッドマークを掲げている。

20100型には6月に沿線の酒蔵を訪れた際に初めて乗った。その時の模様はこちら。 

今回は酒蔵訪問ではなく、30年近く前に長野県の観光地でバス業務に忙殺された戦友たちとの同窓会。上土でのイベント翌日に、同じ松本で同窓会が開催されたのは偶然とはいえ縁を感じる。

車内に入りシートに腰掛けると、あの頃酒を教えてくれた湘南からご参加の先輩も乗り込んできて約5年ぶりにご挨拶。

先輩も私もバス業務の合間に電車(当時は昭和32年製造の元東急5000系)にも乗務していたので、走り出した20100形の乗り心地に「随分と変わっちまぁったなぁ」と同じ感想が漏れる。

同窓会には、東京、神奈川、愛知、岐阜から合計9人が集まる予定になっており、集合時間を考えるとこの電車に乗るのがベストと思われるが、乗り物に詳しい連中だけあって、さまざまなルートや手段で現地に向かっている模様。

頂上付近に雪化粧を施したアルプスの山々を眺めながら電車は進み、松本から約20分で今回の目的地の最寄駅である森口に到着。

ここで幹事が運転するレンタカーに拾われて会場の「手打ちそば 川上屋」さんへ。
こちらはかつて、戦友たちとメシを食ったり酒を酌み交わした思い出の店で、松本を離れた後も家族で何度か訪れている。
ちょうど新そばの季節で、もつ煮や馬刺しとともにもりそばを楽しむ。
今朝は軽い二日酔いだったので酒はどうしようか迷ったが、2年前に鬼籍に入られた先輩を想いながら、この店で戦友たちと献杯を捧げたいとの気持ちがあったので、酒を飲まない2人を除く他の参加者に合わせて生ビールをお願いする。

ジョッキに口をつけるとあら不思議、夕べの酒が抜け切っていないはずの体にビールが心地よく浸みていき、もつ煮に続いて馬刺しをつまむと日本酒が欲しくなって、熱燗2合を注文。

お通しの野沢菜と馬刺しで大雪渓の熱燗をやると、あぁ松本で1杯やっているんだなぁという実感が高まる。

90分ほど楽しんでから店を出て、私を含む4人を森口駅に降ろした幹事のクルマは、残りのメンバーを迎えるためすぐに川上屋に戻っていった。

1990年代後半に寝食をともにし、今では散り散りになった仲間と、こうして集まることができるのは幹事の尽力の賜物で頭が下がる。

電車で松本駅に戻り、アルプス口で残りのメンバーを待っていると、駅の階段上部に掲げられた看板に「松本電鉄」の表示が残っているのが目に入る。
松本電鉄(正式には松本電気鉄道)は2011年に交通関連のグループ会社を吸収した上で「アルピコ交通」に商号変更しているものの、変更後もしばらくは「松本電鉄」や「諏訪バス」「川中島バス」などの旧社名を愛称として併用しており、その流れで松本駅に未だ「松本電鉄」の俗名が掲げられているのだと思うが、30年近く前に「マツデン」という異世界にイロイロな意味で蒙を啓かれた人間にはうれしい。

その後、海鮮居酒屋、カラオケ、駅ビル内のそば屋でそれぞれしっかり杯を重ね、最終の上り「あずさ」にヘベレケで乗り込んだ。
(おわり)