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下諏訪から乗り込んだ高尾行きの普通列車はセミクロスシートの6両編成で座席は4割ほど埋まっており、先頭車両にひとつだけ空いていたボックスに腰を降ろす。
下諏訪で2湯に浸かって体がほぐれ、陽光差し込むボックスシートで列車の揺れに身を委ねているとウトウトしてくるが、そのまま乗り続けると高尾まで行ってしまうので、甲府で降りてブランチを済ませる。
食後にコーヒーを飲みながら駅前に出入りするバスをチェックしたのち、踵を返して中央本線の下り列車に乗り込み韮崎で下車。
ここから3年ぶりに酒蔵解放を行っている山梨銘醸さんを目指して「下教来石(しもきょうらいし)」行きのバスに乗る。
珍しい停留所名の行き先で、テレビ東京の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」でも2回登場していたことから、1度乗ってみたいと思っていた路線。
今回は終点より少し手前で降りるが、路線の8割程度を走破する片道約30分のほどよいバス旅。韮崎駅前でバスを待っていると、通称ぶどうカラーをまとった旧式のバスが入ってきて、これで酒蔵を訪れることができるのかと心が躍りかけたが、「増富温泉」の行き先を掲げている。

直後にワンステップタイプの緑のバスが下教来石行きとして増富温泉行きの後ろにある3番乗り場に入線。

近ごろめっきり目にする機会が減ったぶどうカラーのバスに出会えたのだから、この際予定を変更して増富温泉行きに乗ってしまおうかと食指が動いたが、3年ぶりの酒蔵解放は3日間開催の今日が最終日。
食指ではなく酒喉が動き、後ろ髪ひかれる思いで3番乗り場の下教来石行きに乗って当初の予定通り山梨銘醸さんを目指す。
バスは10人ほどの乗客を乗せて韮崎の市街地を抜け、釜無川に沿う国道20号を北西に進む。
この区間はマイカーなどで50回以上通っているが、昼に路線バスで辿るのは初めて。行き先表示は「下教来石」となっているのに対し、車内放送では「しもきょうらいししも」と案内されている。
穴山橋を渡って左を流れていた釜無川が右手に移り、支流の小武川をまたぐと韮崎市から北杜市に入る。
韮崎駅から30分ほどで台ヶ原宿に沿うエリアに入り、山梨銘醸さんのホームページに最寄りと記されていた台ヶ原上バス停で下車。
5分ほど歩くと、「七賢」などで知られる山梨銘醸さんが現れ、その前からは観光バスが数台発車していく。

新宿や横浜、甲府から酒蔵解放に合わせた観光バスが仕立てられているようで、窓越しに見える客の表情はどれも上機嫌。
酒蔵解放では、1000円のチケットを購入すると17種類の日本酒が試飲できるほか、煮貝、ハム、チーズの中から一種類のつまみを選ぶことができる。

これだけ充実の内容で1000円は蔵の心意気が伝わり、ありがたいことこの上ないが、帰りのバスの発車までは約30分。
さすがの私でも30分で17種類コンプリートは難しいので、感覚を研ぎ澄ませて選んだ5種類を一杯ごとに仕込み水を挟みながらゆっくり味わう。
スパークリング、生酒を各2種と、ぬる燗の本醸造でしっかり整い、余韻を楽しみながら、酒蔵解放限定酒の販売コーナーに向かうと長蛇の列。
この際、2時間50分後の最終バスにしようかと心が揺れるが、酒蔵解放終了まではあと1時間ほどなので、その後の待ち時間が長過ぎる。
中央本線の日野春駅までならタクシーで10分ほどだが、韮崎の街を歩いてみたい気持ちもある。
慌ただしくも充実した30分ほどを過ごしてから蔵をあとに、先ほど降りたバス停のひとつ韮崎駅寄りにある台ヶ原中停留所でバスを待つ。

来る時と同じドライバーさんのバスに、一緒に待っていた初老の男性とともに乗り込むと車内はほぼ満席で、後ろから2列目の2人席に相席させてもらう。
酒蔵解放帰りとおぼしき客の姿はなく、台ヶ原の先にある「道の駅はくしゅう」で農産市でもあったのか野菜などを入れた袋を携えている人がチラホラ。
開いた窓から爽やかな風が入ってきて、ほろ酔い加減も相まって心地よい。無理に17種類を試飲していたら、満員の車内での相席は精神的に厳しかったかも知れない。
オレも大人になったなぁ、などと誤った自己評価に浸りながら、韮崎駅まで運ばれた。
(つづく)