鹿児島で一杯 | 酔いどれパパのブログ

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「お風呂」と「酒」と「路線バス」に関する駄文を書き連ねております。

過日、鹿児島で一杯。

振り返ると鹿児島を訪れるのは、1995年の秋にラストフライトが間近に迫ったANAのロッキード・トライスターL1011で鹿児島空港に降り、城山観光ホテルに泊まった時以来だから、約21年ぶり。

あの時には西鹿児島と呼ばれていた市内の中心駅は2004年の九州新幹線乗り入れに際して、鹿児島中央駅に改称されるとともに大きく装いを変えた。

あの頃、ホテルからタクシーに乗った際に西鹿児島駅までお願いすると、運転手さんが無線で「○号車、西駅まで」と言っていたので、地元では西鹿児島駅は西駅と呼ばれ親しまれているのだと知ったが、今回は「中央駅」という単語を何度か耳にした。

ちなみに、愛媛県の松山市には、JRの松山駅と地元伊予鉄道の松山市駅があるが、繁華街に近い後者のことを地元では「しえき」と、「し」にアクセントを置いて呼ぶ文化があり、新宿などのバスターミナルで松山行き夜行バスの改札中に「しえきね」と客と運転手が行き先を確認する場面に遭遇する。
去年初めて訪れた愛知県岡崎市でも名鉄の東岡崎駅は「ひがおか」と呼ばれており、市のホームページでも「ひがおか通信」というPDFページがあった。
わがふるさと八王子の京王八王子駅は昔から「けいはち」と呼ばれており、私が高校生の頃に完成した駅ビルは「K-8」と名付けられ、その田舎的センスに市民から惜しみない苦笑失笑を集めた。

日本各地でこうした略称がそれぞれの地元の生活に根付いていると思うが、あなたの街にはどんな駅の呼び方があるだろうか。

そんな中央駅の前に立ち、「随分と変わっちまったなぁ」なんて、ひとりごちていると、あの頃と同じ表情のベテラン市電車両が現れる。

やっぱり路面電車のある街はいいなぁ。札幌、函館、東京、江ノ島、富山、高岡、福井、京都、大阪、岡山、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島と路面電車のある街はそれぞれに魅力的だ。函館、高岡、熊本では残念ながら乗れていないけど、通りをゆっくりと過ぎてゆく路面電車は街の印象を深める。

昼下がりの学生たちの向こうをしずしず進む姿や、夕方の混み合う目抜き通りを警笛を鳴らしながら行き交う勇姿、冬の夜に前照灯で雪を照らしながら静かな街並みの向こうの闇に消えていく様子など、路面電車の醸す風情はバスにも電車にも作り出すことはできない。

そんな市電の行き交う鹿児島の街をバスで移動して中心地から少し離れた桜島を正面に望むホテルで風呂や夕食を済ませた後、再び鹿児島中央駅に戻り市電で天文館通まで乗車。

鹿児島随一の繁華街、天文館のアーケードの上には丸い月が光っており、夜の鹿児島を楽しめと微笑んでいるように感じる。

賑やかな歓楽街の中で、人通りの幾分少ない小路の雑居ビルの中に目指す焼酎バーはあった。地元の方々の止まり木なので店名は伏せるが、落ち着いた大人の雰囲気の店だということは入ってすぐにわかった。

女将さんを正面にいただく最高のポジションのカウンター席に就くと、近くの常連客の前に鹿児島の芋焼酎「八幡」の一升瓶が鎮座しているのが目に入った。
八幡は、東京ではあまり見かけることはないが、浦和「おがわ わたや」で前割り燗をいただいてファンになり、京橋にも置いている店を見つけ、何度かお湯割りをいただいている。

そんなわけで八幡お湯割りをお願いすると、その常連さんと女将さんが嬉しそうな顔をするので、こちらまで嬉しくなる。常連さんは八幡への愛が深いようで、2杯目は是非「ろかせず」を呑んで下さい、とのこと。何でも八幡の無濾過だそうで、さすがにこれは関東では見かけたことがない。

私が八幡お湯割りを飲み干したのを見計らって、女将さんが「ろかせず」の封を切り、私と常連さんにサーブしてくれる。確かにうまい。でも、そもそも八幡が十分にうまいので、どちらでも不満はない。
常連さんは「どうですか。ストレートにガツンとくるでしょう」と訊ねてくるが、それほど違いが感じられないので、歯切れの悪い返事をしていると、常連さんのテンションが下がっていくのがわかり、申し訳ない気持ちになる。

相手に合わせて気の利いた返事をすべきだったのかも知れないけど、酒についての嘘はつけない。日本酒なら同じ銘柄の無濾過は違いがわかるけど、焼酎はまだまだ勉強不足だと痛感。

そんな私の様子を察したのか、女将さんは「こんな八幡もありますよ」と、棚の上にあった箱の中から緑色の4合瓶を見せてくれる。その様子から稀少なものかも知れないと思い、念のため「開けないで下さいね」と断り許可をいただいた上で、八幡、ろかせずとともに写真を撮らせてもらう。


その4合瓶は「古八幡(いにしえはちまん)」という銘柄で、後で調べたらネット上では6000円前後で流通していたが、15万円以上の値段が示されたサイトもありプレミアが付きつつあるのかも知れない。

常連さんが帰られ、サラリーマン2人連れと私、女将さんの4人で鹿児島の焼酎に関する文化や蔵、酒販店などの話になり、ありがたい気持ちでそれらに耳を傾けながらさらに焼酎を数種類。

元空港勤務という着物姿の美人女将は、客に焼酎を出しながら、ご自分もグイグイとお味見をされているようで、なかなかお強そう。

やがて、サラリーマン2人連れも帰られ、女将さんの鹿児島への愛情あふれるお話を肴にゆっくりと焼酎を味わう。優しくお話される中にも時折、背筋を伸ばし正面を見据えてハッキリした物の言い方をなさる場面もあり、これが世に言う「薩摩おごじょ」と呼ばれる誉れ高き気質なのかと、こちらも居住まいを正した。
2度言われた「人事を尽くして天命を待つ、ですよ」とは、ご自分の座右の銘として口にされたのだと思うけど、何だか「アンタも男なら精々気張りんしゃい」と檄を頂戴した気がした。

感謝の気持ちで会計を済ませ、深夜の天文館をあとにぶらぶら歩く。ふと仰ぎ見ると、先ほど見上げた丸い月が「どうだ、今夜は人生のいい勉強になっただろう」と、ウインクしながら語りかけてきたような気がした。