ホームに上がると、停まっているのは元京王電鉄5000系の2100系で、唯一元京王カラーに塗り直された2101編成。

小学生の時分から高校卒業の頃まで世話になった京王5000系の雰囲気が再現されており、大変懐かしい。一畑電車では、車両のダイヤを公開しているため、できれば京王カラーに再会したいと思い、実は下調べしていたのだが…。
普段は各停仕業主体ながら春秋のハイキングシーズンにはヘッドマークを掲げ8~9連で京王線を駆け抜けていた頃の勇姿を知る身には2両編成の今の姿は少し寂しいが、宍道湖のほとりをコトコト走る感じには都会の疾走とは違う味わいがあって悪くない。

見慣れた形の窓枠に縁取られた宍道湖の風景を眺めながら、ほろ酔いでうつらうつらしていると、夢の中にいるような心持ち。列車には、20人ほど乗っており地元客と観光客が半々くらい。
宍道湖が車窓から消え一畑口で方向転換、10分ほど走ると車庫のある雲州平田に到着。86年ぶりの新車として間もなくデビューする7000系と、それと引き換えに廃車になる元南海21000系の3000系の姿が見える。
雲州平田から7分で出雲大社方面との乗り換え駅川跡(かわと)に到着。ここで、色や顔立ちを変えた元京王5000系3編成が並び、構内踏切を乗り換え客が行き来する。

3つの列車はわずか2分ほど顔を合わせたただけで、それぞれの方向に発車していく。乗り換えた出雲大社行きは2ドアに改造された2104編成で「ご縁電車 しまねっこ号」としてピンクの塗装を纏っている。

床にはあみだくじが描かれており、さりげなく自分の座った場所からくじの示す先を目でたどると、先ほどから向かい側でニヤニヤしつつ何事かをブツブツつぶやいている鉄道マニアと思しき中年男性に行き当たった…
10分ほどで、終点の出雲大社駅到着。ここから大社の二の鳥居に当たる勢溜(せいだまり)までは、登り坂の参道を歩いて10分ほどで、列車から降りた皆さんは、そちらへ向かって進んでいく。私はステンドグラスのはめ込まれた洋風の駅舎を見上げた後、構内で展示されている昭和3年製造のデハ52の車内へ。

先ほど乗ってきたしまねっこ号の隣で日向ぼっこをしているデハ52の車内は、穏やかな雰囲気で、少しだけ開いた落とし窓から秋風が流れ込んでくる。

と、先ほどあみだくじで私と結ばれた男性が入ってきたので、さりげなく外へ出て、大社とは反対方向の次なる目的地を目指す。秋晴れの下、15分ほど歩いて旧大社駅に到着。

和風駅舎の最高傑作とも呼ばれる旧大社駅は1990年のJR大社線廃止後も保存され、国の重要文化財にも指定されている。構内に入ることができ、かつて大社参りの客を満載した列車が全国から到着した頃の殷賑を偲ぶ秋の昼下がりは、この旅で求めた時間のひとつでもある。

20分ほど佇んで、いざ出雲大社へ。
旧大社駅からは歩いて30分ほど坂を登らねばならないので、タクシーを利用。ものぐさのようだが、一の鳥居の外側にある旧大社駅から参道を進むのだから、少し大目に見てもらおう。ドライバーさんに、初めてのお参りであることを伝えると、「それなら勢溜から下り参道を進んで、お清めをしてから~(中略)~の後、お参りして下さい」とのこと。お声はソフトだが、手抜きは許さんぞ、と言われているような語り口でもある。松江で月照寺を勧められた時にも感じたが、こちらの不信心を見透かされているようで、ヒヤリとする。
言われた通りの手順でお参りしてから、大注連縄が有名な神楽殿の前で家族連れのカメラのシャッターを切って、隣接する観光バス用駐車場を覗いてみると、驚くことに見知った顔の一団がいる。敢えて話したい連中でもないので、スルーして団体客相手のそば屋や土産物屋が並んだ通りの裏手にある「連絡所」なるバス停に向かう。
このあとは、路線バスで出雲市駅に抜けて夕方のサンライズ出雲に乗る前にひと風呂浴びる予定。出雲大社から出雲市までのバスは30分間隔で運行されており、そのうちの半分がこの連絡所なるバス停が始発となっている。窓口のおじさんに尋ねると、次の1500発は始発でなく日ノ御碕からの便だが、座れるだろうとのこと。
少し時間があるので、そば屋に入りキリン「秋味」で喉を潤す。
発車5分前になったので、連絡所バス停に向かうと15人ほどが待っており、しかもその多くがスーツケースを持っている。日ノ御碕からの便は道が狭いので中型バスで運行されており、もし到着前に10人くらい乗っていると座れないかも知れない。
バスが着くと、やはり10人ほどが乗っており、こりゃ次の始発便にするかな、と考えていたが、ドアが開いても誰も乗り込まない。不思議な思いで乗り込むと、一番前の「マニア席」が空いており、結果オーライ。待っていた人たちは、5分後に発車する出雲空港行きに乗るようだ。
次の「正門前」で満席になり参道を下りながら、一畑電車の出雲大社駅やら旧大社駅の前を過ぎて、島根らしいのびのびした風景が広がる。途中から乗ってきた高校生2人組は今風のファッションだが、広島やら高知あたりに似た言葉を話しているのを耳にすると、ああ中国地方にいるのだという実感が湧いてくる。道路際では、地酒「+旭日(じゅうじあさひ)」「天穏」の看板が立ち並んでいて、喉が鳴る。
30分ほどバスに揺られ、小雨模様の出雲市駅前に降り立った。帰京の途に就く「サンライズ出雲」の発車までは3時間ほどあるので、目当てにしていた駅前の「ランプの湯」では存分にゆっくりできそうだ。
「ランプの湯」は、バスで降り立った側とは反対側の線路際にあり、駅前というよりも駅ナカに近いほどの至近距離。
服を脱ぎ浴室に入ると、灯油ストーブのごときランプオイルの香り。
時間はたっぷりあるので、露天に3台据えられた一人分ずつの箱形湯船とデッキチェアを幾度となく往復して旅の疲れを落とす。駅に隣接しているので、露天のチェアに寝そべっていると、駅の発車案内やドアの閉まる音、発車のエンジン音なんかが聞こえてきて、やがて列車が目の前を横切っていく。
目隠しのためか露天風呂と線路の間には竹林らしき造作が施されているが、育ちが今ひとつなのか、枝振りも葉の付き具合も薄く、思わずタオルをかき寄せる。とは言え、山陰のローカル線のこととて、列車の本数は多くない。
のんびりしたような、落ち着かないような2時間ほどを過ごしてから、隣接する居酒屋「神門(しんもん)」のカウンターに座った。まずはレモンサワーで長湯の後の喉の渇きを癒やし、駅からほど近い酒蔵が醸す「出雲富士」の純米(日本酒度+3)熱燗で、魚をいくつか。その後、もう一店入ってビールとカンパチ、サンマ、本マグロにて腹いっぱい。
開店したばかりという出雲市駅改札脇のセブンイレブンで寝酒を買い込みホームに上がる。入線してきた「サンライズ出雲」2階個室の窓辺に酒を並べて浴衣に着替える。

発車した列車の窓から、神在月を迎えた出雲の国の夜景を眺めながら一杯舐め、この旅を締めくくった。