長崎バスの車掌として乗務中の出来事です。
戦後間もない物資乏しい頃のバスは
木炭で走っていたそうです。
木炭バスはとてもパワーがなかったそうですね。
大瀬戸方面から長崎市へ行くバスには
「打坂」という難所があります。
運転手の間では「地獄坂」とも呼ばれていたそうです。
今では道路も拡張され、坂のこう配も緩やかになっていますが
その当時の打坂は急勾配で曲がりくねった石ころ道路だったそうです。
打坂という名前からも想像できると思います。
この坂で乗客の人数が多いと坂の途中でバスが止まって動かなくなったそうです。
その時は、乗客もバスの後ろに廻ってバスを坂の頂上まで後押ししていたそうです。
この日も超満員だったのですが、人の歩く位のスピードでゆっくりと順調に上って、あと少しで頂上という時に、突然車体の下から大きな音がして、バスが後戻りしはじめました。
どうやらシャフトが折れたようです。
運転手はブレーキをかけましたが、ブレーキも壊れてしまいました。
急坂で片側は断崖絶壁です。バスはどんどん後戻りして行きます。
運転手は車掌の鬼塚道男さんに「輪止をしろ!」と命令します。
道男さんは、バスから飛び降り、必死で回りに転がっている大きな石を後輪に投げ入れました。
しかし、満員のバスはその石を踏み越えて少しも止まろうとしません。
「駄目だ、このままではバスが崖下へ転落する!!!!!」
乗客も、運転手も、車掌も絶望のどん底へ投げ込まれました。
万事休す!っと思った時、バスは突然止まりました。
バスの中は安堵の中、助かった喜びで満ちあふれていました。
バスの運転手はいつまでも帰ってこない車掌に「どうしとるんやろ」と、舌うちをして
バスを降り、バスの後方へ進んだとき
「うぁあ、おおごとしとるばい」と悲鳴をあげたそうです。
乗客もその悲鳴にぞろぞろと下車し、そして息をのみました。
それは運転手がひとりで泣きながらジャッキで車体を上げようとしている光景でした。
そこには車体の下へ潜り込み、進んで来るタイヤの前に、身を挺して輪止めとなった「鬼塚道男」さんの姿があったのでした。
彼は車掌という職務を全うし、21歳という短くも太い人生を歩んだんですね。
もし、彼が身を挺しての輪止めという行動に出なかったら、バスは乗客ごと
断崖へ落下していた事でしょう。
30名以上の命を彼は救ったんです。 (。-人-。) 合掌
