踊りは古来は伝統に基づき 共同体や宗教などに関係づけられていました。盆おどりだって盆の季節にするわけですから。
でも近代になって各地の踊りは踊りを純粋に楽しむようになってきました。そして誰もが踊るようになりました。これがレクリエーシュナルダンスと呼ばれるものです。
その伝統を受け継いだ そして世界各国の踊りがとりいれられているアメリカからきたフォークダンスを引きついだのが初期のレクダンス。
戦争後日本に入ってきたフォークダンスも年がたつにつれてみんなの踊りも熟達し難しいダンスを踊るようになってきました。
そのなかで初期のレクダンスは「いつでも どこでも だれもが すぐに踊れる」をモットーにしてきました。そしてこのレクダンスはフォークダンスなどの踊りを踊る基礎として 入門編として踊るものだという意見もこのころはたくさんありました。
しかしレクダンスが盛んになってくるに従いフォークダンスの中ではおさまりきれずレクダンスに走る人も多々いて一部では争いまで起こったことかあったと聞いています。
さて踊りには一応イメージ 型 ステップ があります
バレエ 社交ダンスなどは名前をいうだけですぐにわかりますね。型が在ります。スクェアダンスにも隊形やキューイングなど特徴があります。しかしフォークダンスはそれがありません。世界で踊られていると言うだけで一重の円も二重もあります 二列もあります 二人で踊ることも二人で踊ることも在ります。しかし私たちはなんとなくフォークダンスというと民族衣装や民族音楽を思い出してイメージできます。
これがヒット曲などで踊っているレクダンスの場合どうでしょうか 恋ダンスやフォーチュンクッキー マカレナ ジェンカ などもヒット曲で楽しく踊っています。そしてみんなど踊ることもできますね。フォークダンスと同じようにいろいろな踊りがある。演歌もクラシックもラップもOK ですから音楽でも地域でもステッブでも分けられません。やっている人でさえ優しく楽しく踊れますで終わってしまいます。
これのカギは理念にあるのです。難しい踊りではなくて いつでもどこでもだけもが踊れるという「理念」の型を持った踊りなのです。ただしその理念は踊っている方の総意。だから時代とともに変わりいまは割と難しいものも許容している感じです。一人ひとりにとってもこの理念は違い創作者にとっても違うので、ある作品がこれはレクダンスではないと他のひとから言われてしまうことも在ります。
北九州レクリエーション協会は初期に「歩ける人ならどなたでも」と言っていましたがまだ健常者だけが踊りの輪に在った時代なのでこれでよかったのでしょう。
以上のことからして困難なのは特徴を持って他の人に踊りを説明することができない。創作の理論もない。一人ひとりの創作者 指導者の資質によって形成されていって閉まっているということなのです。音楽を自らつくるということはほとんどないので他人まかせです。編曲が複雑なところは合わせて調整しなくではなりません。そして芸術性や難易度が高いわけでもありません。
古典的なレクダンスならコミュニケーションは図れますが今の一人で踊る踊りは同一の空間にいるということが唯一のコミュニケーションです。
そんなレクダンスの踊りの創作は盆栽のようです。小さな限られた世界の中で最高の楽しさを味わえる踊りをつくるという点で。考えようによってはそれもだいご味です。
レクダンスを愛好して楽しんでおられる方はたくさんいらっしゃいます。未来に向かってより多くの方が踊るためにもこの踊りの良さをどうひろめ つたえられるのかということが課題ですね
色々と議論して考えてみることも必要です
つづく
