殆ど出かけない私でも、他の駐妻さんに出会うことがあった。
駐妻さんとの出会いは、私だけの付き合いではない。パートナーの存在が絡んでくるから緊張する。私が何か失敗したら、パートナーに迷惑がかかる。
今まで経験した駐妻さんたちとのおつきあいは大きく2つに分けられる。私と駐妻さんだけの関係と、私と駐妻さんとパートナーが絡んでくる関係。私のような人が苦手なやつ。
前者は気楽だ。何か問題が起きても私が責任を取ればよい。必要があれば謝ればいいし、関係を断つこともできる。
問題は後者だ。私が謝るだけで済まない抜けられない関係。
後者を楽しめる駐妻さんもいる。私はそういうのは無理。もちろん、私以外にも、そういう関係に悩む駐妻さんは多い。本当に面倒な狭い社会なのだ。
私は心の状態をパートナーに告げると同時に、自分の心を守るための行動をとることにした。パートナーが絡む付き合いはしない。イベントにも参加しない。それまでに引き受けていた役割のみをこなすだけにする。その役割も今年度いっぱいで終わる。
私が帯同していた国が多いことから、相談してくる方もいるが、「私はやらない、参加しない」とはっきりと告げることにした。驚き、引かれるが構わない。自分の心を守ることに集中するのだ。
こう書いていると、どんな悪魔だらけの社会なのかと思われるかもしれない。しかし、実際、私の周りの駐妻さんは良い方、優しい方がほとんどだ。私の状況に気づき、声をかけてくれる方もいる。その中で、パートナーは絡まない関係を築ける場合がある。奇跡のような場合だ。その奇跡から世界が広がることもある。感謝しかない。
以前いた国では日本人会のとある同好会に参加していた。今考えると、信じられないことだが…。そこを去るときにお別れ会を開いてもらった。「最後に一言」と言われたとき、何も考えていなかった私の口から思わぬ言葉が飛び出した。「パートナーが関係ない出会いが少ない中、皆さんとご一緒できたことに感謝しています」。何人もの人と目が合って頷きあった。あの頃から奇跡は起きていたんだな。
当然、私のやり方が絶対的な善だとは思わない。ひとり一人のやり方がある。関わらないことに罪悪感を感じ耐えられない人もいる。パートナーの理解が得られず、自分のやりたいようにできない人もいる。ほとんどの人が悩んでいる。
しかし、最近、全ての行動を止める必要はないと考えるようになった。自分の心を守りながらの行動でも、奇跡が起きることがある。それを逃してはいけない。そんな奇跡はなかなか起きないのだから。