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 JR線の改札口から吐き出された群衆は地下鉄東西線のホームへと流れる。スマホ片手に小走りで駆け降りる彼女はきっとこれから彼氏とデートなのだろう。まだ夏の暑さ残る九月。平成最後の、を惜しむ声と共に、街は不可視に、されど確実に秋へと色づき、そして冬を迎えゆく。しかし人は皆自分の生命をすり減らすことに必死で、しばしば自分だけ時間が進んでいないような、周囲の時間しか流れていないような、そんな感覚に陥る。だから人は、この前まで暑かったのにもう炬燵の季節だねなんて話をしながら、蜜柑の皮を剥き、同じ鍋をつつくのだ。これからどこかでデートをする小走りの彼女も、きっとその彼氏と。

 自炊する気力が湧かなくて(残暑のせいにした)近場の弁当屋に昼食を買いに来ていた私は、高田馬場駅構内を行き交う人々を眺めながらそんなことをぼんやりと考えていた。周囲の時間の流れ云々は、確か買った弁当がいつのまにか冷めていたことから何となく思った記憶がある。税込み550円のデミグラスハンバーグ弁当。きっともうすぐ腹の中に収まり、分解され、私の血となり肉となっていく。まさか牛も将来楕円形の肉塊となり胃酸によって溶かされることになるだなんて思いもしなかっただろう。ましてや私のような食事を栄養補給としか思っていない人間に食べられるなんて尚更。ごめんね牛さん、でも世の中きっとそんなもんじゃないかな。もしかしたら私もいつか誰かのご飯になる時が来るかもしれないしね。盛者必衰、奢れるものも久しからず。食べられる時痛くないことを祈りつつ、美味しくいただいた生命に向けて手を合わせる。星新一も驚きのSFにまで話が脱線している間に、私の550円はプラスティックの弁当箱と割り箸だけ残して胃の中に流し込まれていった。冷めててあまり美味しくなかった気もする。容赦なく太陽は空気を暖めていくのに、ハンバーグはどうして温めてくれないのだろう。全精力を使ってここまで暑くするなら、一厘くらいでいいからその熱でいい感じに温め直してもらえるととても助かる。いくら栄養補給とは言え、美味しいことに越したことはない。

 片手にはゴミの入ったビニール袋、隣の電柱には私の自転車が寄り掛かり、丸い緑のガードレールに腰掛けぼーっと間抜けな面を晒しながら、ゴールのない連想ゲームに囚われていた私を救い出したのは高校時代の同級生からの連絡だった。彼から何度も電話がかかってきていることを私へ健気に伝えるバイブレーションがそろそろ職務放棄を真剣に考え出す頃、ようやく私はため息と共にスマホをスライドして電話に出た。

「何」

「相変わらずぶっきらぼうだな」

 懐かしい友人からの連絡に私の感じた多少のノスタルジーは、どうもこいつに届かなかったようだ。卒業してから早五年、メッセージの往来は確かに昔ほどではなくなったが、それでも一年に一度は同級生で集まり酒を片手に思い出話に花を咲かせる。そのどこにもこいつ、久瀬翔哉は、仲間内で密かに行方不明説や死亡説、カンボジアで道を作っている説など、本当か嘘か冗談なのかわからないような噂が流れるほどに一度も顔を出したことはなかった。だからこそ変に気取らず昔のように返事をした、そんな私の優しさをぶっきらぼうの一言でまとめられたことが妙に苛立たせたけれど、そんなところこそこいつの相変わらずだな、なんて思った。

「余計なお世話。それで?用ないなら切るよ外で暑いし」

「旅行行こうぜどうせ暇だろ」

「はぁ?」

「どうせ暑いからとか言って家に一人引き篭もってしこしこ書いてんだろ、なぁ先生?」

「何知った口で下品なこと言ってんのよ。現に今外にいるって言ったばっか」

「いやそれはただ飯を食いに来たか買いに来たかだな。そんなことよりも、俺の予想だと行き詰まってネタに困ってると思うんだよ。取材も兼ねて行こうぜ。明日の八時に品川駅集合で。じゃ!」

 私の話したいことを言わす暇も与えずにそう言い残した彼は、一方的に電波のキャッチボールをやめてしまった。

「これはもう一種のテロだよ本当に…」

 三年分の呆れを乗せたため息を、スマホと一緒にポケットに詰め込み立ち上がる。せめてもう少し、こう、世間話とか近況報告とかあってもいいんじゃないだろうか。人の近況についてはピンポイントで読んでくるくせに。一方的に自分の情報が抜かれたようなそんな奇妙な感覚。嫌なんだけどそんな嫌でもない。

 狙ってはいないと思うけど丁度いい遠慮の無さが今の私に必要だった。遠くに聞こえるホームの『アトム』がワクワクを掻き立てる。冷め切っていた私の夏もちょっと熱くなりそうだ。もう少し早く連絡してくれて、ついでに弁当も温めてくれれば最高だったけど。

 

 ばれなかっただろうか。はやる鼓動を抑えながら話していたことは伝わっていないだろうか。普段はのんびりと呆けていつの間にか自分の世界に入るくせに、妙なところで鋭い節がある。彼女がいきなり机の上にココアを置いてくる時は、決まって俺が気を落としている時だった。けれど、今回ばかりは悟られないようにしなくてはいけない。まぁ、話した感じだと懐かしさ半分呆れ半分というところか。ならまだ勝算はあるな、という心の呟きに応えるように、ちりりと風鈴がその身を震わせた。